†「BLOOD+」小説1(少年ハジ×サヤ)†


この作品はアニメ22話「動物園」の、少年ハジ視点デス(妄想)



◇ 永 (とこし)えの想い ◇



          「‥‥‥この子、誰?」
          ぼくの前に佇 (たたず)む年上の女性は、奇異 (きい)なモノを見る
         表情で ぼくを見下ろしていた。
          「お前の友達だよ、サヤ」
          この館の主人であるジョエルと言う老紳士の言葉に、サヤと
         呼ばれた女性は益々 (ますます)もって不思議そうな顔をする。
          「友…達‥‥‥?」
          まるで『友達』という単語の意味が分からないとでも言いた
         げに、ぼくを見る表情は固い。
          一方、ぼくの方は友達や仲間と引き離され、初めて連れて来
         られた知らない土地で、これから貴族に仕 (つか)えねばならない
         という重圧感から、かなり気を張り詰めていた。
          「色々と教えてあげなさい」
          ジョエルの言葉に、サヤは嫌なモノを無理矢理 押し付けら
         れたのだと分かる声で、
          「はーい」
          と言う、嫌そうな返事をした。
          その声を聞いて、ぼくは遣 (や)る瀬 (せ)無い思いに捕らわれる。
          勿論、温かく迎えてくれるとは思わなかったが、友達と言う
         名目で連れて来られたのに、肝心 (かんじん)の本人が友達などいら
         ないという態度なのだ。
          ぼくだって、好きで ここへ来た訳じゃない。
          金で買われて仕方なく来るしかなかったのだ。
          このサヤさえいなければ、ぼくはここへ来る事にはならなか
         ったのに‥‥と、ぼくは幾分 (いくぶん)八つ当たりめいた事を思う。
          どのみちいつか、見知らぬ所へ売られるだろう事は予測して
         いたのだけれど。
          ‥‥そしてぼくは、サヤから顔を背 (そむ)ける事で、彼女への
         反抗心 (はんこうしん)と自己主張を露 (あらわ)にしたのである。




          「こんな色の薔薇は嫌! もっと赤いのを摘 (つ)んで来て!」
          ぼくが手に持つピンク色の薔薇の花を見て、サヤは礼を言う
         所か、我が侭 (まま)の言いたい放題だった。
          「自分で、行け」
          ぼくが赤い薔薇を取りに行く事を拒 (こば)むと、サヤは不機嫌
         さを増して怒り出す。
          「何なの!? その口のききかた!!」
          「気に食わないなら話し掛けるな」
          ぼくの態度はサヤの神経を更 (さら)に逆撫 (さかな)でる。
          だが、友達を奴隷位にしか思っていないサヤに嫌われようと
         ぼくは一向に構わなかった。
          この館へ来て数日経つが、サヤほどの我が侭な女性を見るの
         は生まれて初めてと言ってよかった。
          『友達』という言葉を笠 (かさ)に、靴を磨 (みが)けだの、洋服を
         着替えるのを手伝えなどと命令してくるのだ。
          サヤにとって友達とは、自分の言う事を何でも聞く都合の良
         い相手でしかなさそうだった。
          それに元々、ぼくがサヤの『友達』として連れて来られた本
         当の理由は、彼女の慰 (なぐさ)み者になる事を意味していたのだか
         ら。
          それが貴族の御婦人方の お遊びであるのだと、ここへ来る
         前に 店の親方から言い含 (ふく)められていたのである。
          だからサヤは本来の目的で、ぼくを使うつもりになったのか
         も知れないと思った。
          でもぼくは、そう簡単にサヤの思い通りになどなってやらな
         いと固く決意する。
          誰もが従順に自分の言う事に従うと思っている我が儘 (まま)
         貴族の娘、サヤ。
          最初は、貴族の令嬢はみんなこうなのだろうと思っていたの
         だが、女中や下男達の噂によると、どうもサヤはこの館の令嬢
         ではなく、ジョエルが何かの目的で面倒を見ている謎の多い娘
         で、誰もサヤの生 (お)い立ちを知る者はいなかったのである。
          それでもジョエルから孫娘のように大切に扱 (あつか)われている
         為、館中の誰もが腫 (は)れ物に触るように遠巻きにしているよう
         だった。
          そしてこの時、ぼくは まだサヤの上辺 (うわべ)しか見ておらず、
         女中達が何故 (なぜ)サヤを避 (さ)けるのか、その本当の理由まで知
         らなかったのである。




          その日、ぼくはサヤから強制的にチェロを習わされていた。
          歌やダンスは小さい頃から叩 (たた)き込まれていたけれど、こ
         んなに大きくて高価な楽器を手にするのは生まれて初めての事
         だった。
          慣れない手つきで、それでも最初の内は自分の為にもなると
         思い頑張っていたのだが、朝から何時間も続けて練習させられ
         ると、流石 (さすが)に嫌気 (いやけ)がさして来る。
          それでなくともサヤから
          「もう、さっきも言ったでしょ! 弓は弦と真っ直ぐになる
         ように! さぁもう1度、最初から弾 (ひ)いて!」
          こう幾度となく ガミガミ言われては、せっかくのやる気も
         失 (う)せると言うものだ。
          だいたい、ぼくは今日初めてチェロを習ったのに、たった数
         時間で曲を弾きこなせと言う方が無理な話なのである。
          音符の通りに左手で弦を押さえて行くと、どうしても右手に
         持つ弓が おろそかになってしまうのも仕方ないだろう。
          それなのに休む暇 (ひま)さえ与えず、初心者のぼくを一方的に
         叱 (しか)りつけるサヤに腹がたち、ぼくはこれ以上チェロを弾く
         気にはなれなかった。
          中々 弾き出そうとしないぼくに、サヤが訝 (いぶか)しげに声を
         掛ける。
          「どうしたの?」
          その声に ぼくは持っていた弓を振 (ふ)り上げると、勢いよく
         床に叩きつけた。
          「何をするの!? ジョエルが貴方に色々教えてあげなさい
         って言うから教えてあげてるのに!」
          ぼくの態度に、サヤの方も怒りを露 (あらわ)にする。
          しかし ぼくだって今日までの数日間、サヤの我が儘に我慢
         して来たのだ。
          「‥‥‥よけいな御世話だ」
          「私の友達になるなら、チェロくらい弾けるようになりなさ
         い!」
          「歌と踊りなら充分 (じゅうぶん)仕込まれてる」
          ぼくは椅子から立ち上がると、扉へ向かって歩き出す。
          そのぼくに、サヤが挑戦するかのように命令して来る。
          「そう。だったら伴奏してあげるから踊ってみなさい。何で
         もいいわよ。どうしたの? 出来ないの?」
          サヤのセリフは友達に対する言葉ではなく、主人としての
         高慢で高飛車な もの言いだった。
          「私の言う事が聞けないのなら、ここを出て、元いた所に戻
         るのね。」
          冷たい雪の女王のような言葉に、ぼくの細く張り詰めていた
         意地さえも凍 (こお)りつき、脆 (もろ)くも切れてしまう。
          ‥‥‥‥この館を追い出されたら、ぼくには帰る所など無い
         のだから。
          1度売り払った者を、店の親方が大金を返してまで迎え入れ
         てくれる訳はなく、頼る家族さえも、ぼくにはいない。
          そんな自分が憐 (あわ)れで哀しくて‥‥‥。
          ぼくは自分自身に言い聞かせるように叫ぶしかなかった。
          「いいさ、何だってやってやるよ! 夜の相手でも何でも!
         どうせぼくは おまえらに買われたんだからな!!」
          ぼくの言葉にサヤは一瞬、戸惑 (とまど)いの表情を見せる。
          そして直ぐに困ったような、労 (いた)わるような、同情にも似
         た顔つきで ぼくを見詰め返して来たのだ。
          「‥‥‥そんな顔で‥‥ぼくを見るな!」
          サヤの視線に絶えきれず、クルリと身体を反転させたが、
         今度は一気に目頭が熱くなり、ぼくの瞳から透明な雫 (しずく)
         零 (こぼ)れ落ちる
          「‥‥‥‥わからない」
          背後にいるサヤが独り言のように呟 (つぶや)いた。
          そして一歩一歩、ぼくへと歩み寄る。
          「‥‥‥‥どうしたら‥‥いい?」
          サヤの囁 (ささや)きにも似た問い掛けに、ぼくはゆっくり振り返
         った。
          するとサヤは いきなりぼくを自分の胸の中に抱き竦めたの
         である。
          ぼくは直ぐさま逃れようとするが、サヤの両腕が しっかり
         とぼくを捕らえていた為、ぼくはそのままサヤの胸の中に抱き
         締められたままになった。
          ‥‥‥いや、本気でサヤの腕を振り解 (ほど)こうと思えば、ぼ
         くに出来ない筈 (はず)は無かったのだ。
          こうしてサヤの胸の中に収まっていたのは、ぼくの心の弱さ
         の現れだったのかもしれない。
          女性特有の甘い香りと温かいぬくもりに、ぼくは少しだけ哀
         しみが薄 (うす)らぐような気がした。
          何しろ家族を失って以来、こうして人の体温を感じたのは
         初めての事だったのだから、せめて今だけは この温かさに包
         まれていたいと思っても許されるんじゃないだろうか‥‥‥。
          「‥‥‥ジョエルはね、私が泣くと『大丈夫だよ』と言って
         こうして抱き締めてくれるの。そうすると私も少しだけ安心す
         るの。‥‥‥ハジは、どんな感じ‥‥‥?」
          初めて聞くサヤの穏 (おだ)やかな声に、ぼくの凍 (こご)えきって
         いた心が一気に溶け出すような気がした。
          我が儘で高慢なサヤが、彼女なりに精一杯ぼくへ謝 (あやま)
         うとしてくれているのだと分かるから。
          きっと生まれてから1度も友達などいなかったのだろう。
          サヤは友達とのコミュニケーションの仕方も、謝る言葉さえ
         知らないのだから。
          ‥‥‥恐らくサヤは、とても孤独なのだ。このぼくよりも。
          もしかしたら ぼくが友達としてこの館へ連れてこられたの
         は名目などではなく、言葉通り本当にサヤの『友達』になる為
         だったのかもしれない。
          そう思った時、ふいにぼくの視界は鏡台に向けられた。
          鏡台の上に一輪挿 (いちりんざ)しの薔薇が活 (い)けてある。
          凛 (りん)と咲き誇るピンク色の薔薇の花‥‥‥。
          それはぼくが昨日サヤに命じられ、摘 (つ)んできた花だった。
          けれど『赤い薔薇』を好むサヤにとって、ピンクの薔薇は価
         値の無いモノだったから、ぼくはとっくに捨てられているだろ
         うと思っていたのだ。
          それなのにピンクの薔薇は きちんと花瓶 (かびん)に活けられ、
         この部屋の一部として見事に調和している。
          ぼくは思う。
          『わがままだけど、サヤは花を捨てたり枯 (か)らしてしまう
         ような事はしない女性 (ひと)なんだ‥‥‥。』
          そして同時に ぼくはサヤの心を知る。
          サヤは彼女なりに一所懸命、ぼくと友達になる為に、ぼくの
         心を汲 (く)み取ろうと努力してくれてたんだと。
          その為に、わざわざ好きでもないピンクの薔薇を自分の部屋
         に飾ってくれてるに違いないのだから。
          『友達』というものが分かっていないサヤは、もしかしたら
         ぼくよりも精神的に幼 (おさな)いのかもしれないとも思う。
          今までサヤに対する反抗心ばかり先に立って、彼女に そっけ
         ない態度を取っていた自分を反省する。
          これからはサヤの言動に いちいち反抗するのではなく、ぼく
         の方が大人になってサヤに『友達』というものを教えてあげな
         きゃいけないんだと ぼくは思う。
          そうすれば いずれ サヤと本当の友達になれそうな気がした。
          ‥‥‥しかしその思いが、いつしかぼくを苦しめる事になる
         のだとは ぼくはまだ気付いていなかったんだ。




          「サヤ、見てごらんよ!」
          ぼくは近くに集まった2匹の山羊 (やぎ)をサヤに見せたくて
         彼女に声を掛けた。
          だが サヤがチラリとぼくの方を見ると、ぼくの側にいた山
         羊たちは まるでサヤを恐れるかのように駆け去ってしまう。
          そんな山羊たちを見てサヤは言う。
          「ここには沢山の動物達がいるのよ。でもみんな私の友達じ
         ゃないわ」
          女王のように そう宣言するサヤの言葉が、ただの強がりで
         しかないのだと最近のぼくには分かるようになった。
          その言葉の裏には『動物達と友達になりたいのに…』と言う
         思いが隠 (かく)されているのだから。
          それから数日経ったある日、広大な敷地内を散歩していた
         ぼくとサヤは いきなり降って来た雨から逃れる為に、近くに
         あった干 (ほ)し草を刈り入れておく納屋 (なや)で雨宿りをするハメ
         になった。
          サヤは雨で水を含んだドレスを脱ぐと下着姿になる。
          ぼくは年上の女性の そんな姿を見て顔が赤くなりそうだっ
         たが、サヤが平然とした態度なので逆に意識している自分が
         バカみたいだと思い 自分も直ぐさま下着一枚になる。
          けれど やはり半裸に近いサヤの方を向く事は出来なくて、
         干し草の上に座りながらも ぼくは下を向くしかなかった。
          そんな時、サヤがぼくの額 (ひたい)に貼り付いた干草を取って
         くれたのだ。
          ぼくはその行為に 一寸びっくりしてサヤを見る。
          するとサヤは聖女のような顔でぼくを見詰 (みつ)めていた。
          「大丈夫? 寒くない?」
          「‥‥‥うん」
          ぼくの返事にサヤは安心したような微笑みを向けると、干草
         の上に寝そべる。
          「良かった。ハジは私の側に居てくれるんだね。‥‥‥生き
         ている者はジョエル以外、私の側に寄って来ないのだと思って
         た‥‥‥‥」
          その孤独を感じさせる言葉に、ぼくはサヤの哀しみの深さを
         見たような気がした。
          だってサヤには友達所か、誰も話し相手がいないのだから。
          館のメイド達は 決してサヤの前で私語を言ったりはしない。
          いや、それ以前に彼らはサヤと目を合わせる事さえ避けてい
         る節 (ふし)があった。
          そんな下男や女中達の怯 (おび)えた目つきを、ぼくはどこかで
         見た事があるような気がする。
          そして思い出す。
           ――――― そうだ、先日見た2匹の山羊がサヤを見上げて
         いた目に そっくりなんだ。
          何故かは分からないけれど、メイド達は必要最低限の身の回
         りの世話をする以外、サヤの側に寄って来ようとはしないのだ。
          ここへ来たばかりの頃、サヤにドレスの着替えを手伝えと命
         じられた事があるが、あの時は夜の相手の意味も含まれている
         のかと思い無視してしまったが、どうやら本当にただの手伝い
         をさせる気だったらしい。
          貴族の御婦人が着るドレスは元々メイド達が着脱 (ちゃくだつ)
         手伝いをする前提 (ぜんてい)で作られているらしく、一人で脱いだ
         り着たりするのは大変なのだと、ぼくは今日 知った。
          先程 サヤはドレスの後ろのボタンを外 (はず)す事に かなり
         手間取っていたからだ。
          それでもサヤは今日、ぼくに手伝えとは言わなかった。
          前にぼくが着替えの手伝いを拒 (こば)んだから、サヤなりに
         ぼくが嫌がる事は させまいと思ってくれてるのかもしれない。
          逆に ぼくの方がサヤの着替えを手伝ってあげたくなるほど
         サヤのボタンを外す手は不器用だったのだから。
          「‥‥‥サヤが 我が侭ばかり言うからだろ」
          ぼくはこれ以上サヤを哀しませたくなくて、メイド達がサヤ
         に近寄って来ない理由をそう結論付けた。
          するとサヤは いきなり干し草をぼくの顔に被 (かぶ)せたので
         ある。
          「なにするんだよ☆」
          ぼくの抗議 (こうぎ)の言葉にサヤは謎めいた笑みを返す。
          恐らくサヤにも ぼくが言った事は気休めでしかないと分か
         っている筈だ。
          それでもサヤは ぼくの言葉に乗ってくれる。
          「ハジが意地悪な事を言うからよ。ふふふ」
          そう言って悪戯 (いたずら)な瞳をぼくに向けて来るサヤを見て、
         ぼくは孤独な心を抱 (かか)えたサヤを初めて守りたいと思った。  




          金属どうしがリズミカルにぶつかる音がする。
          館のすぐ前の庭園で、サヤが剣の稽古 (けいこ)をしているのだ。
          ぼくはサヤの為に、よく冷えたミルクを用意する。
          本来ならそういった事はメイド達の仕事なのだが、ぼくは
         最近 自ら進んでサヤの世話をするようになった。
          ちょっとでも長くサヤの側にいたいからだ。
          そして少しでもサヤの望む事をしてあげたいと思うから。
          ぼくは常にサヤの行く所に付いて回り、サヤの世話を焼く事
         に生き甲斐 (がい)を感じ始めている。
          だから1度は止 (や)めてしまったチェロの練習も、もう1度
         サヤにお願いして再び習っているほどだ。
          だってチェロを習っている間はずっとサヤの側にいられるの
         だもの。
          ぼくより幾つか年上のサヤだったけれど、彼女の心は幼女の
         ように無邪気で まるで子供のようだ。
          サヤは ぼくが近くで見ていないと時々 何をしでかすか分か
         らない所があったから、ぼくは彼女を一人にするのが心配でた
         まらなかった。
          もしかしたらぼくは サヤの保護者気分になっているのかも
         しれない。
          今だってサヤが剣を習ってるこの時間、本当ならぼくの自由
         時間の筈 (はず)だった。
          でもサヤの事を近くで見ていたいし、稽古で喉 (のど)が乾 (かわ)
         いたであろう彼女に、少しでも冷たい飲み物を用意してあげた
         かったから、ぼくは稽古が終わりそうな時間に こうして飲み
         物を用意しているのだ。
          当のサヤは先生と剣の模擬 (もぎ)試合をしている。
          男の先生を相手に、サヤは一歩も引けを取っていない。
          いや、今日は むしろ先生を圧倒していると言ってもいいだ
         ろう。
          そして最後の踏み込みで勝敗が決し、サヤは先生から一本取
         ったのだ。
          「もう先生じゃ相手にならないわ」
          誇 (ほこ)らしげに言うサヤに、ぼくはミルクを注いだグラスを
         手渡した。
          サヤはミルクを美味しそうに一口飲むと、手に持っている剣
         を掲 (かか)げる。
          「私ね、大人になったら いつかここを出て、剣を手に世界
         中を旅するのが夢なの」
          「それで稽古に熱心なの?」
          「うん」
          ぼくの質問にサヤは頷 (うなず)くと、生き生きとした顔でぼくを
         見る。
          「その時は、ハジも一緒だよ」
          一瞬、何を言われたのか分からなかった。
          それでも徐々 (じょじょ)にサヤの言葉がぼくの心に染み込んで来る
         と、ぼくの心臓は大きく脈打ち、ドクンと熱くなった。
          サヤはぼくに、これから先もずっと彼女の側にいる事を許し
         てくれたのだから。
          親を失って以来、ずっと居場所が無いと思っていたぼくに、
         サヤは居場所をくれたのだ。
          なぜなら ぼくが今ここにいるのは サヤの意志でも、ぼくの
         意志でもない。
          お金という鎖で繋がっているぼくらの関係は、いつ切れるか
         分からない頼 (たよ)り無いものだったから、ぼくはそれが切れて
         しまう日を恐れていたのである。
          だけど今、サヤはぼくとの関係に お金以外の新しい繋がり
         を許してくれくれたのだ。
          ぼくはもう独りじゃない。
          サヤも独りじゃない。
          温かい繋がりで ぼくらは結ばれているのだと云う喜びに、
         ぼくは幸せを噛 (か)み締めてサヤに笑顔で頷 (うなず)いた。
          「うん!」
          ぼくはこの時、既 (すで)にサヤという年上の女性に ほのかな
         恋心を抱 (いだ)き始めていたのだ‥‥‥‥。


                  ◇  ◇  ◇


          ‥‥‥‥‥あれから幾度 (いくど)季節が移り変わっただろうか。
          私の弾 (ひ)くチェロの音色が館中に響き渡っている。
          ここ数年でかなり上達した曲を、私はサヤに聞いてもらって
         いた。
          と、ふいにサヤは椅子から立ち上がり窓辺へ行ってしまう。
          「どうしました?」
          私はチェロを弾くのを止 (や)め、サヤに問い掛けた。
          「気に入らないのよ。ハジが私より上手くなるなんて」
          どうやらサヤはチェロを弾く私の腕前に、軽い嫉妬心を覚え
         たようだ。
          私はチェロを置き、窓辺にいるサヤの許 (もと)へ歩み寄りなが
         ら言う。
          「手ほどき しましょうか?」
          私の言葉にサヤはチラッと私を見上げる。
          「‥‥‥‥おまけに、私より背が高くなるなんて思わなかっ
         たわ!」
          既に少年ではない青年と呼ばれる年齢に達した私は、サヤよ
         り頭1つ分以上 高い背丈 (せたけ)になっていた。
          その私がサヤに触れる事の出来る距離まで近づくと、彼女は
         スルリと私の脇を通り抜け、先程まで私がチェロを弾いていた
         椅子の所へ行ってしまう。
          そしてサヤはチェロを手に取ると、曲を奏 (かな)で始めた。
          どうやら今日のサヤは機嫌がよくないようだった。
          私としては少しでもチェロが上手くなって、サヤの淋しい心
         を癒 (いや)せればと云う思いがあったのだが‥‥‥。
          それにサヤの言う身長も、私は彼女をどんな事からも守れる
         男になりたいと思っているのだから、今の私の姿を認めてもら
         いたいと思っている。
          少年の日に芽吹 (めぶ)いた サヤへの ほのかな想いを、今の私
         はハッキリと自覚していた。
          『‥‥‥サヤを愛している。私の、全てをかけて‥‥‥』
          それなのに私の想いとは逆に、最近のサヤは私が側へ寄ると
         離れてしまい、私との間に一定の距離を保つようになった。
          そうやって暫 (しばら)く私が物思いに耽 (ふけ)っていると、サヤが
         弾いているチェロの弦が いきなり切れたのである。
          「痛ッ!」
          サヤの声に私は瞬時に我に返ると、彼女が押さえている指を
         見る。
          切れた弦がサヤの美しい手を切り裂いたようなのだ。
          「サヤ、指を!?」
          私は慌ててサヤの側に駆け寄ろうとするが、
          「平気、大丈夫よ。何でもないわ」
          そう言って、サヤは何事も無かったかのように平然としてい
         る。
          それでも心配な私はサヤの指を見たのだが、そこで信じられ
         ないものを見てしまう。
          裂けたサヤの指が、ゆっくりと治癒 (ちゆ)して行くのだ
          時間にして3〜4秒だろうか? 人間ならば有りえるはずの
         ない事が、目の前で起こっているのである。
          それによく考えれば、サヤの容姿も数年前に出会って以来、
         少しも変わっていなかった。
          本当なら20代になっているであろうサヤは、今も16〜17歳の
         少女の姿をしている。
          私はこの時になってようやく、使用人達がサヤを避 (さ)けてい
         る本当の理由に辿 (たど)り着いたのかもしれなかった。




          「‥‥私が出会った時からサヤの姿は変わっていない。それ
         に傷の事も‥‥‥。彼女のあれは何なのです? 下男から血を
         抜くのもサヤの為だと聞きましたが、一体なぜです?」
          私はサヤの不思議な現象を矢継 (やつ)ぎ早にジョエルに尋ねた。
          「あの子にとって、血は生きて行く為に必要なんじゃ」
          「血を失った訳でもないのに?」
          「人類の歴史は永い。数千…いや数億年になるやもしれん。
         我々の知らない生命がいても おかしくはないと思わないかね?
         私にもサヤの全てが分かっている訳ではないが、あの子がここ
         に居るのは事実じゃよ‥‥‥‥」
          この時、私とジョエルの会話を偶然にもサヤが聞いていたの
         だとは知らなかったのだ。
          そして翌日、私とサヤは人工的に造られた湖の上で一緒にボ
         ートに乗っていた。
          「‥‥‥ハジ、私の事を気味悪いって思ってる?」
          サヤは思いつめた表情で私に問い掛けた。
          「いいえ」
          私は本心からそう答えた。
          しかし私の答えにサヤは納得してはくれない。
          「うそっ! 本当は私の事、怖いって思ってるんでしょ!」
          「そんな事は、ありません!」
          私はキッパリと言い切ったが、自らの存在が異質なモノであ
         ると気付き始めているサヤに、どこまで通じたかは分からない。
          例えサヤが人間でないのだとしても、私はサヤの側にさえ居
         る事が出来るなら、彼女が何者でも構わなかった。
          しかしサヤは何を思ったのか、急にボートの上で立ち上がっ
         たのだ。
          重心のズレたボートは激しく揺れ、転覆 (てんぷく)するのではな
         いかと思われた。
          「危ない!」
          私は揺れるボートの上でサヤを抱きとめる。
          サヤは私の腕の中で哀しそうに呟 (つぶや)いた。
          「私の胸の鼓動も ハジの胸の鼓動も同じ速さなのに、なぜ
         流れる時間だけが違うの‥‥‥‥」
          その言葉に、私は我知らず答えていた。
          「‥‥‥‥もし流れる時間が違うのだとしても、私が生きて
         いる限り、私の全ての時間はサヤと共にあります‥‥‥」
          私はこの日、嘘 (うそ) (いつわ)り無く全ての想いをかけて サヤ
         にそう誓ったのである‥‥‥‥。


                   ◇  ◇  ◇


           ―――――― そして運命のあの日、私は貴女の血を受け、
         貴女と共に永い時を歩む幸せを貰 (もら)いました。
          けれど同時に、私は貴女に従う者としての運命 (さだめ)以上の者
         にはなれないのだと、悟 (さと)らざるを得 (え)なかったのです。
          狂おしいほどに貴女を求める男としての私の想いと、シュヴ
         ァリエとしての想い‥‥‥‥。
          拮抗 (きっこう)する2つの想いが、今も私の中で渦巻いているけ
         れど、どちらの私も真実、貴女の幸福だけを願っているのです。
          ‥‥‥‥‥‥‥遠い少年の日に、貴女が私に約束してくれた
         あの言葉だけで、私はこれからも永久 (とこしえ)に貴女を守り続け、
         同じ時を重ねて行けるでしょう。
          そう、例え貴女が私の事を忘れても、それでも私は貴女だけ
         のシュヴァリエであり、サヤを愛する1人の男でしかないので
         すから。
          ‥‥‥‥だから私は、時の果てるまで貴女だけを待ち続ける
         のです。
          愛しい、私のSAYA‥‥‥‥‥‥。



          『 私ね、大人になったら いつかここを出て、剣を手に世界
         中を旅するのが夢なの。その時は ハジも一緒だよ 』        

          『 うん! 』




                                   終





        大人のハジも色気があって大好きなのですが、少年時代の
        ハジにもガツン☆と やられちゃいました(笑) もし小夜が
        女の子ではなく少年設定だったとしたら、同人誌を出して
        たかもデス。あ、勿論 女の子の小夜も好きですが v
        あと、せっかくの一人称書きなのでモノローグを もっと
        くだけた言い回しにしたかったのですが、ハジのイメージ
        を壊してはいけないと思い、三人称っぽい書き方にしてし
        まいました(^^;) 





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