†「まるマ」パロディ小説・1(ユーヴォル)†




◇ 静謐なる KISS ◇


         「ユーリ!」
         眞魔国において誰よりも広い居室兼寝室に住んでいる筈の
        魔王陛下は あろうことか自分の寝室で、借りて来た猫のよ
        うに肩身の狭 (せま)い思いをしていた。
         「な、何だよヴォルフ」
         部屋の主よりも主らしい態度でベッドを占領しているのは
        言わずと知れた元王子殿下、フォンビーレフェルト卿ヴォル
        フラムだ。
         地球産で日本育ちのユーリ陛下による ちょっとした手違
        いと文化の相違から、自分の婚約者になってしまった相手を
        ユーリは溜め息と共に見詰めた。
         絹仕立てでレースヒラヒラのネグリジェを着ているヴォル
        フラムは神様の最高傑作であるかのような超美少年で、輝く
        金糸の髪と湖底を思わせるエメラルドグリーンの瞳をしてお
        り、本物の天使以上に天使らしい。
         が、それは外見だけで、ひとたび喋ろうものなら容赦のな
        い言葉の雨が降ってくる。
         実の兄にさえ「わがままプー」と言われているのだから、
        その存在の扱い難 (にく)さがどれ程のものか分かるだろう。
         まぁ最近は、その我が侭 (まま)も大分 (だいぶ)影を潜 (ひそ)
        めていたけれど。
         「どうしていつも、顔を反 (そ)らして眠るんだ!」
         疑問形ではなく、明らかに苦情口調のヴォルフラムに、
        ユーリは やれやれと2度目の溜め息をつく。
         どうやら我が儘 (まま)注意報発令中だ。
         「あのなぁ、ヴォルフ。このベッドはキングサイズなんだ
        から、何も、顔が くっつく位の距離で眠る事はないだろう?」
         そうなのだ。魔王サイズのベッドは100人乗ってもダイジョ
        ーブ!な作りになっている。(実際には成人した五つ子ちゃん
        が全員 寝転がれる広さである)
         それなのに、二人は毎晩 抱き枕状態で寝ていた。
         正確に言うとヴォルフラムが両手両足をユーリに絡め、全身
        に伸 (の)し掛かって来て金縛り状態にあうのだ。
         勿論それはユーリの本意ではなく、三男の我が儘である。
         しかもユーリの許しもなく、勝手に魔王陛下の寝室に住み
        ついてしまったのは わがままプーの方なのだから、ヴォルフ
        ラムに とやかく言われる筋合いは無い筈だった。
         「ぼくが言いたいのは、おまえには婚約者としての自覚が
        足りないと云う事だ!」
         「婚約者の自覚ぅ〜? だって俺達 男同士でしょ?」
         もう言い飽きたセリフをユーリは口にした。
         いくら可愛くて美しい顔をしていても相手は自分と同じ男
        なのだ。
         しかも、自己申告による82歳と言う年齢を考えると『俺達
        スッゲェー、年の差カップルなんだよな〜』とユーリは頭の
        隅で思った。勿論 口にする勇気はない。
         だが三男の方も流石に言われ慣れたのか、ユーリの言葉な
        ど無視して続ける。
         「ぼくとおまえが婚約して どのくらい経っているか分か
        っているのか?」
         『え〜とぉ』とユーリは考える。
         「そろそろ 10ケ月かな?」
         「『そろそろ』ではないだろう!  あと2ケ月で1年に
        なるんだぞ! それなのにどうして ぼくにキスのひとつも
        しようとしないんだ!? 婚約者であるこのぼくに失礼だと
        思わないのか?」
         『だから〜、そもそも婚約自体が間違いで、俺は女の子が
        好きなんです〜』とは口が裂けても言えない。
         もし口にしようものなら浮気を勘繰られ『尻軽』扱いされ
        るのがオチだからだ。
         かと言って、ユーリの本当の気持ちを伝える訳にもいかな
        かった。
         なぜなら今すぐ言える程、16歳の自分に自信が持てないか
        らだ。
         美しいエメラルドグリーンの瞳がユーリの言葉を待ってい
        る。
         その、あまりにも綺麗な瞳に見詰められる事が気恥ずかし
        くて、ユーリは三男から微妙に顔を背 (そむ)けて言う事しか
        出来ない。
         「婚約してるってだけでキスする事はないだろ? ホラ、
        キスってのは やっぱお互いの気持ちを確かめ合って、ロマ
        ンチックな曲をBGMに、場の雰囲気が盛り上がって、ようや
        くキスに至るって言うかサ」
         「ふん。ユーリは乙女チックだな。」
         ヴォルフラムの言葉にユーリは顔を赤くする。
         「べ、べべべ別に俺は、自分の理想を言ってる訳じゃなく
        てだな、一般論を‥‥。そりゃ、お前はキスとか慣れてるの
        かもしれないけど。」
         何しろヴォルフラムは82歳なのだ。
         いくら外見が16歳前後の輝かしい美少年であろうとも、
        イロイロと経験は豊富そうだ。
         ましてや、これだけ可愛い美少年なのだから、周囲が放っ
        ておいた訳がない。
         そこまで言いかけて、チラリとヴォルフラムの顔を見やる
        と、三男は眉間に大きなシワを寄せており、爆発寸前だった。
         「あ、ヴォ、ヴォルフ?」
         慌てて言い繕うが遅かった。
         「ぼくを愚弄 (ぐろう)するのか!?」
         ヴォルフラムは怒りで顔を朱に染めている。
         「あのぉ、えっとぉ、俺ってば何か気に障 (さわ)ること言
        いましたっけ?」
         魔王でありながら、臣下のフォンビーレフェルト卿よりも
        腰が低くなってしまうのは、生まれ育った環境が一般庶民だ
        ったからだろうか?
         何しろ相手は元王子殿下だ。居丈高な振る舞いは堂に入っ
        ている。
         「何か、だと!? こんな屈辱的な事を言われたのは初め
        てだ! いいか、貴族たる者、婚約してもいないのに下賎な
        輩(やから) に唇を与える訳がないだろう! キスとは、正式に
        認められた伴侶にのみ許される愛の行為だ。 ユーリとしか
        婚約した事のないぼくが、素性の知れぬ相手とキスに耽(ふけ)
        っていたなどと嫌疑(けんぎ) をかけられるなんて、情けなくて
        デルマミネルギバから落ちた時のようだ!」
         地球生まれのユーリにデルマミ…何とかは分からなかった
        が、取り敢えず三男が何故怒ったのかだけは理解できた。
         つまりヴォルフラムはいつか結婚する相手の為に貞淑を守
        って来たのに、ユーリがヴォルフラムの事を遊び人扱いした
        から怒っているのだ。 
         『キスの事を、伴侶にのみ許される愛の行為だ、って言う
        ヴォルフのが 俺よりよっぽど乙女チックじゃんか』
         思ったが、やはり口にはしない。
         そして魔王陛下は わがままプーのセリフに軽い脱力感を
        覚える。でもそれは気分の良い脱力感だ。
         『な〜んだ。夜這いかけたり抱き付いて来るから、かなり
        恋愛経験積んでんのかと思ったけど、俺と大差ないなんて
        お釈迦さまでも気付きませんでしたよ』
         ユーリは我知らず、頬が緩んでいた。
         恋のスペシャリストだろうと踏んでいた自らの婚約者が、
        実は自分と同じ初心者である事が嬉しかった。
         『だったら焦 (あせ)る必要ないじゃん』とホッとする。
         「えっとー、勝手に思い違いしてて悪かったよ。ヴォル
        フが伴侶に対して誠実で、キスに真面目な考えを持ってる
        って事は よく分かった」
         「本当に分かったのか?」
         眞魔国屈指の美少年は疑わしそうな瞳で問いかけて来る。
         「まぁ、一応」
         「ならば、今ここで、ぼくとキスをするんだな?」
         「えぇっ!? またそっちに話しが戻るんですか?」
         どうやら、今夜こそユーリと決着をつける気の三男は引
        き下がる様子がない。
         得意の反っくり返りポーズに なりつつある。
         「婚約者と同衾 (どうきん)していながら何もしないなんて、
        おまえ、男としての機能に何か不都合があるのじゃあるま
        いな?」
         「不都合って‥‥」
         ユーリは絶句する。
         男同士のキスを拒否した位で、身体の異常を指摘されて
        はたまらない。
         「ユーリ、癒 (いや)しの手の者に診てもらってはどうだ? 
        結婚前の男には よくある事らしいぞ」
         この話ぶりからすると、可愛くて おバカな わがまま
        プーは、誰かに入らぬ知恵をつけられたに違いなかった。
         女装中毒やムラケン辺りが かなり怪しい。
         「言っとくが、俺は、ど・こ・も・悪くな〜い!!」
         ユーリの叫びが魔王の寝室に木霊 (こだま)した。


                  ◇ ◇ ◇


         すぐ隣りから規則的な寝息が聞こえて来る。
         あの後、結局、眠りにつく前からヴォルフラムの手を繋
        いであげる事で折り合いを付けたのだ。(どのみち眠って
        しまえば いつも通りヴォルフラムに抱き枕状態にされる
        のだから、遅いか早いかの違いだけだ)
         しかし決着をつけたがっていた割に、元王子殿下は直ぐ
        に眠ってしまったのだ。
         「灯りが消えてて良かった‥‥」 
         起きている時ですら天使の容貌に見えるヴォルフラムの
        無防備な寝顔を、こんなに間近で見せられては堪 (たま)
        ない。
         熟睡中のヴォルフラムの右手に、ユーリの左手が しっか
        りと握り締められている。
         ひんやりとしたヴォルフの手。
         「はぁ〜‥‥‥。俺達 何やってんだろ」
         原因は分かっている。
         男としてのプライドや迷いがあるのは自分の方なのだ。
         確かに自分は女の子が好きだけれど、それは言い訳に過
        ぎない。
         男同士とかを抜きにしても、ユーリはいつもヴォルフラ
        ムの事を考えている。
         何しろ地球では めったにお目にかかれないような高い
        プライドの持ち主だし、独特の感性を併 (あわ)せ持つ高貴
        な魂は、出会った者に強烈なインパクトを与える。
         そんなヴォルフラムの、特殊とも言える可愛い性格を
        簡単に忘れられる者など いはしないだろう。
         その上、ユーリが生きて来た16年の間で、ハッキリ最高
        レベルであると断言出来る程のウルトラ美少年なのだ。
        (因みに1番の美青年はギュンターである)
         だから口では言い争いながらも、彼の一挙一動に振り回
        される事に、幸せを感じている自分をユーリは知っている。
         嘘や偽 (いつわ)りを言わず、いつもストレート勝負で来る
        ヴォルフラム。
         彼の言葉は時にキツイけれど、真実しか語らない貴重な
        存在だった。
         ヴォルフラムの湖底を思わせるエメラルドグリーンの瞳
        は、彼の澄んだ気高い魂そのままを具現したかのようだ。
         今、その瞼 (まぶた)は閉じられ、ヴォルフラムの瞳は見え
        ないが、それこそが せめてもの救いだった。
         「俺、このままじゃ女の子とお付き合い出来なくなるか
        も‥‥」
         高校生にして魔王という複雑な環境にいるユーリにとっ
        ては、ごくフツーに女の子と恋をして、ごくフツーの生活
        を送る人生に憧れがある。
         職業が魔王である以上、せめて人生の伴侶だけは女性を
        選びたいと思うのだ。
         けれど‥‥‥。
         ユーリの心が、ヴォルフラムを欲していた。
         ヴォルフラムがユーリの寝室に住み始めて かれこれ数
        ヶ月経つが、今日までの間、ユーリには それこそ忍耐の
        日々だった。
         同じ部屋の自分のベッドに、気になる相手が無防備に眠
        っているのだから、男としてこんなに辛いことはない。
         今や、ユーリが安らかな安眠を貪れるのは地球にある
        渋谷家の寝室だけだった。
         それに引き換えヴォルフラムは、ベッドに入り灯りを消
        すと直ぐに寝入ってしまい、ユーリの苦悩も知らずに毎晩
        すやすやと幸せそうな寝息をたてている。(おまけに腕や
        足を絡めて抱き枕にするし。)
         先程ヴォルフラムが言った
         『おまえ男としての機能に何か不都合があるのじゃある
        まいな?』
         と言うセリフを、彼に言ってやりたい位だ。
         ‥‥‥‥しかし、あれもこれも全ては自信のない自分に
        原因がある。
         たかがキス、と人は笑うかもしれないが、人並みに興味
        はあっても ビギナー・マークのユーリにはHはおろかキ
        スの手順でさえ ままならない。
         (注:フリンに口移しで飲まされたワインはキスの数に
        入れるつもりはないので無効)
         例えば「べろチュー」の場合、どのタイミングで舌を相
        手の口腔へ差し入れればいいんだ〜☆ などと悩んだりし
        てしまうのだ。
         ハタから見れば、実にくだらない悩みではあるが、当の
        ユーリにとっては生きるか死ぬかに匹敵する重大な問題だ
        った。
         何しろユーリの相手は、82歳の元プリ殿下なのだから。
        失敗は決して許されない。てか、許してもらえなさそう。
         いや、それ以前に笑われるかも。
        と、先程までは思っていたのだが、元プリンスもキス初心
        者だと知って焦 (あせ)りはかなり消えた。
         てっきり手馴れていると踏んでいた婚約者が、あまりに
        も純真で誠実な考えを持っていた事に、嬉しくさえ思う。
         それに‥‥、と改めて考えを巡らす。
         『もしヴォルフが場数を踏んでいたとして、俺がキスと
        か下手で失敗しても、ヴォルフなら怒ったり笑ったり
        しない筈だ』
        と思えて来るのだ。
         きっと、上手くなるまで特訓だ! くらいは言うかもし
        れないが、その特訓にも付き合ってくれるのがヴォルフラ
        ムという魔族の美少年なのだから。
         ヴォルフラムはどんな時でもユーリと共有の時間を過ご
        そうとしてくれる。
         それは時間的な事だけを意味しているのではなく、ユー
        リが魔王として成長していくのと同じように、彼も少しず
        つ大人の男として成長しようとしているのだ。
         ユーリと共に‥‥。
         一歩前でも、一歩後ろでもない。
         いつでも肩を並べられる位置にヴォルフラムはいる。
         彼が わがままプーから卒業し始めて、長兄や次兄の面影
        に少しずつ似てくるのを見るにつけ、ユーリは自分も頑張
        らねば、と思えて来るのだ。
         ユーリにとってヴォルフラムは、互いに高め合う事の出来
        る大切な片翼と言えた。
         例え翼があろうとも、両翼が揃っていなければ鳥は空高く
        舞い上がれはしないのだから‥‥。
         それに魔王陛下であるユーリに敬語を使わない所か『へな
        ちょこ』扱いして いつも叱 (しか)りつけてくれるのも、フォ
        ンビーレフェルト卿ヴォルフラムだけだ。
         ‥‥‥‥だから、安心出来る。
         ヴォルフラムは俺が魔王だから側にいてくれるのでは無
        いのだと。
         誰かに叱られる事がこんなに嬉しいだなんて。
         ユーリが『ただの へなちょこ』だったとしても、彼は
        一緒に成長しようとしてくれるに違いないのだから。
         勿論、魔王陛下らしい上様モードの時もそれなりに敬って
        くれているのだろうが、野球少年である素のままのユーリを
        彼は伴侶にと望んでくれている。
         「ありがとな、ヴォルフ」
         ユーリは顔を左に傾けると、傍 (かたわ)らにいる外見
        天使の額 (ひたい)に、ゆっくりと己の唇をおしつけた。
         眞間国においては今の季節は晩冬であり、気候的には
        ユーリの育った日本の冬より厳しい寒さであったが、暗闇
        の中でヴォルフラムの額に口付けたユーリの唇だけは、ま
        るで夏の陽射しのような熱を持っていた。
         『今は、額で勘弁な』
         魔王は自分の美しい婚約者に そっと心の中で語りかけ
        る。
         『いつか、そう長くは待たせないけど、お前の意識が
        ハッキリしてる時に、ちゃんと唇にキスさせてもらうから。
        だから、もう少しだけ俺に時間をくれないか、ヴォルフ』
         そうして、ユーリはもう1度ヴォルフラムの額に優しい
        キスをする。
         それはユーリの、ヴォルフラムへの誓いのKISSなのかも
        しれなかった。



                               終





           『お互い好きあっているけど、まだまだ恋人未満な二人』を
           書いてみました。多分ヴォルフはユーリがキス初心者な事に
           大喜びすると思うのですが。(普段『自覚のない尻軽』とか
           『浮気者』だと思っているので尚更?)






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