†「まるマ」パロディ小説・2(ユーヴォル)†




◇ その一瞬のために ◇



         豪奢 (ごうしゃ)な扉が閉まり、ユーリ達が部屋から遠ざかっ
        たであろう頃合を見計らって、フォンビーレフェルト卿
        ヴォルフラムは のそのそとベッドから起き上がった。
         軽い目眩 (めまい) がヴォルフラムを襲うが、先ほど受け取
        った、今はもう冷めてしまった紅茶を二日酔いの胃に流し
        込む。
         本日は朝から年に1度の「(防)暗殺訓練」が実施される
        日だった。
         しかしヴォルフラムは二日酔いを理由に病欠扱いになっ
        ている。
         実の所、訓練に参加出来ない程の深酒はしていないが、
        訓練をサボるには もってこいの口実だった。
         本当はユーリと一緒に(防)暗殺訓練に参加したい所だが
        ヴォルフラムにとっても今日の午前中だけがチャンスだっ
        たので、コンラートの言葉に甘える事にしたのだ。
         いや、もしかしたらコンラートは気付いていたのかもし
        れない。ヴォルフラムの目的を。
         だからこそ病欠扱いにしてくれたのだ、きっと。
         『仕方ない、礼ではないが今日だけは特別に、ユーリの
        警護を全てコンラートに任せてやろう』
         と、ヴォルフラムにしては珍しく おおらかな気持ちに
        なっていた。
         紅茶を飲んだおかげか、身体も本調子に戻りつつある
        ヴォルフラムは、立ち上がると女官に衣服を持って来させ
        て手早く着替える。
         そして急いでいるせいか、行き先も告げずに城下へと馬
        を走らせた。




         ヴォルフラムが血盟城へ戻ったのは日の沈む少し前だっ
        た。
         「これはヴォルフラム閣下、そのお荷物は何事です?
        閣下お一人りで運ぶには無理でしょう。我々が運びますゆ
        え、閣下はお部屋の方へ」
         ヴォルフラムが馬に携 (たずさ) えて来た重たそうな包みを
        見て、侍従は荷物運びを替わろうとした。だが、
         「いい、これは ぼくが自分で運ぶ。ユーリは部屋にいる
        な?」
         それだけを言うと、ヴォルフラムはズシリと重そうな
        大人の女性くらいある大きい包みを抱え、もたつく足取り
        でユーリと自分の部屋を目指した。
         魔王陛下の居室の前には、いつ何どき用を言いつけられ
        ても良い様に女官が待機している。
         彼女たちにドアを開けてもらうとヴォルフラムは部屋の
        主に声を掛けた。
         「おいユーリ! ユー‥‥」
         部屋の奥、天蓋付きのベッドの上に こんもりと山が見
        える。
         「なんだ、夜でもないのに寝ているのか? だらしのな
        い奴だ」
         普段の自分を棚に上げ、ヴォルフラムは声のトーンを落
        としてベッドへと近付く。
         ベッドの上には父と娘が同じ姿勢で眠っていた。
         「血が繋がっていないとは言え、同じ寝相とは流石 (さすが)
        親子だな」
         ヴォルフラムが感心して二人の寝姿を見ていると、気配
        に気付いたのかグレタが目を覚ました。
         「‥‥ん〜〜〜ん。‥‥あれ、ヴォルフ?」
         ユーリを起こさないように、ヴォルフラムがそっと頷く
        と、グレタも小声でヴォルフに語りかけた。
         「お帰りなさい。今日は朝から大変な事があって、ユー
        リが睡眠不足だってゆーからグレタも一緒にお昼寝したの」
         久し振りにユーリを独占できて、一緒に眠る事が出来た
        グレタは満足そうである。
         そしてベッドに振動を与えないように こそっと抜け出る
        とヴォルフラムに耳打する。
         「もうすぐ夜だし、夜は おとーさま達 おとなの時間
        なんでしょ? グレタは邪魔したくないから自分の部屋に
        戻るね」
         そう言うと朱茶の瞳の少女は軽やかな足取りで扉の外へ
        と消えた。
         それから数刻の間、ヴォルフラムは中々起きないユーリ
        を待つ暇潰 (ひまつぶ) しとして、本を読んで過ごした。
         そして時々、先ほど自分が持ち帰った荷物に手を置いて
        は薄く微笑む。
         『これを見たらユーリはどんな顔をするだろうか‥‥』
         そう思った時、背後から声が掛かる。
         「あっれェー、ヴォルフ帰って来てたんだ? てか、今
        何時よ? 外真っ暗じゃん! 俺ってば何時間寝てたんだ
        ?」
         起き抜けでありながら元気なユーリにヴォルフは苦笑を
        隠しきれない。
         「そろそろ皆集まって晩餐 (ばんさん)の時間だろう。ぼくは
        おまえが起きたらこの部屋に食事を運んでもらうつもり
        だったが、ユーリはどうしたい?」
         「あー、うん。俺もそれでいいや。ここで食べよ」
         屈託なく答えるユーリの笑顔が眩 (まぶ) しい。
         『ユーリは自分のその一言で ぼくがどんなに嬉しいか
        分かっているのだろうか‥‥』
         ユーリにとっては些細な事かもしれないが、ヴォルフ
        ラムにとっては誰にも邪魔されずに、ユーリと二人きり
        でロマンティックなディナーを楽しめる数少ない大切な
        ひとときなのだから。
         「では給仕を呼ぶぞ?」
         「ちょい待って、その前にその大きな包みは何だよ?」
         どうやらユーリはヴォルフラムの手許 (てもと) にある大き
        な包みに疑惑の念を抱いているようだった。
         「まさか、お前までゴ‥‥じゃなくて、ブブブンゼミ
        を連れて来たんじゃないだろうな? 食事中にゴ…じゃ
        なくて、蝉が徘徊 (はいかい) するのは勘弁して欲しいんだ
        けど」
         つい昨日、娘のグレタが持ちかえった巨大な蝉を思い
        おこし、ユーリは青くなりかけた。
         勿論そのブブブンゼミのおかげで昼間の騒ぎが収 (おさ)
        まり、ヨモギ熱が最小限で食い止められたので、感謝は
        しているけれど。
         「違うぞ。これは蝉じゃない。‥‥‥ぼくからお前へ
        のプレゼントだ」
         「プレゼントぉ? 誕生日でもないのに?」
         「いいから開けてみろ」
         ヴォルフラムに言われた通りに包みを開けたユーリは
        驚きで瞳 (め) を見開く。
         包みの中からは一目見ただけでも分かる高級そうな茶
        褐色をした動物の皮が何枚も丸められて筒状になって入
        っていた。
         「‥‥‥‥これって‥‥。」
         驚き過ぎて、しばし言葉を失ったユーリにヴォルフラ
        ムが確認するように尋ねる。
         「どうだ? これでは使えないか? 前に【ぐろーぶ】
        とやらには良質な皮材が必要だと言ってただろう? 取
        り敢 (あ)えず、これだけの量なら十数人分は作れる量じゃ
        ないか? 皮製品の流通を商 (あきな)っている旧い知人に頼
        んで分けてもらったのだが‥‥‥」
         「有り難うヴォルフ!!」
         ユーリは満面の笑みを浮かべ、今にもヴォルフラムに
        抱きつかんばかりの勢いだった。
         黒いオニキスのような瞳がキラキラと輝いている。
         そんなユーリの姿に
         『本当に美しい瞳とはユーリのような瞳の事を言うに
        違いない』と、ヴォルフラムは思った。
         この世の何よりも尊く輝いている黒い瞳。
         きっとユーリという人物の一部であるからこそ、こん
        なにも美しく輝けるのだ。
         でもそれは一瞬の事で、ユーリは直ぐに逡巡 (しゅんじゅん)
        した表情になる。
         「嬉しいけど、本当に心の底から嬉しいけど、…でも
        いいのかな? 俺ってば へなちょこな新米魔王なのに
        俺個人の為に血税でこんなに高い物を使っても‥‥‥」
         「何を言っている。これは税金で買った物ではないぞ。
        ぼくが自分の力で手に入れてユーリに贈った物なんだか
        ら、ためらう必要などない筈だ。例え税金でまかなった
        としてもだ、野球とやらを国技にすると言っていたのだ
        から、別に気にする程の事でもないだろう?」
         「でも‥‥‥」
         「いいか、魔王たる者、時には息抜きをする趣味や楽
        しみの為に金を使わねば、人生やってられないぞ!」
         82歳にそう言われてしまうと人生の後輩としては頷か
        ざるを得ない。
         「‥‥そうだな。じゃあ有り難く貰います。所でまさ
        か、これを買う為に昼間いなかったのか?」
         「半分は当っているが買った訳ではない。皮製品を商
        って世界中を飛び回っている旧い知人が久方振りに眞魔
        国へ戻っていたんだが、昨夜はその知人の館で飲んだ為
        皮材を手に入れる事が出来なかったんだ。皮材は殆ど船
        の倉庫に積んであるそうなんでな。だがどうしても欲し
        いなら、今日の昼頃までに船の倉庫へ来るよう言われた。
        知人は今日の午後には また出航してしまうらしくてな。
        でも言っておくが、金で譲 (ゆず)り受けたのではないぞ」
         昨夜のパーティーを抜け出したのも、今日一日出掛け
        てたのも そいつの所へ行ってたからなのか、と、ユーリ
        は納得するが、ヴォルフラムの最後の言葉に少し慌てる。
         こんなに高価そうな物を金も払わずに、どうやって手
        に入れたのだろうか、と。
         「ま、まさかヴォルフ、身売りしたんじゃないだろー
        な!?」
         「何を言ってる。身売りしたのは おまえの方だ」
         「は? 俺が? 何で身売りを? 意味わかんないん
        ですけど〜」
         ヴォルフラムは腕を組むと反っくり返りポーズで答え
        る。
         「船で世界中を回り、眞魔国へ中々戻れない知人が
        どうしても当代魔王陛下の肖像画を船の船室に飾りたい
        と言うのでな、ぼくが腕を奮 (ふる) った おまえの肖像画
        と交換したと言う訳だ」 
         「ヴォルフ、それって‥‥」
         ユーリは絶句しかける。
         魔王の肖像画とは、もしや、俺と偽って描いた、あの
        設楽焼 (しがらきやき)のタヌキの絵の事ではないのか!? と。
         「噂どおり美しい陛下だと褒めてくれてたぞ。ぼくの
        才能が確かだという証明だな。何しろ船にいる間は毎朝
        あの肖像画に三拝 (さんぱい) すると言ってたし。 これで
        ユーリも心おきなく【ぐろーぶ】を作れるだろう?」
         「ちょっと待て! そーゆー問題じゃないだろう?
        だいたいあれは俺じゃねーもン!! その知人とやらも、
        あの絵を見て俺の容姿が本当にあんな姿だと信じたの
        か!?」
         「そんな事より給仕を呼ばなくていいのか? ぼくは
        少しばかり腹がすいてきたぞ?」
         ヴォルフラムに絵の事で言いたい事は山程あったが、
        おなかが空いてると訴 (うった)える者の言葉を無視する訳
        にはいかない。
         人間(魔族だけど)食べる事は、日々健康に過ごす為
        の必須条件だからだ。
         ユーリの方はヴォルフラムに贈られた この皮の事で
        興奮し、お腹が一杯だったが。
         それに作品のモデルが誰であれ、あの絵画自体はヴォ
        ルフラムの持ち物なのだから、彼が物々交換した事に対
        しては文句が言えない。
         「給仕なら俺が呼んでやるよ。俺は何だか腹いっぱい
        で夕飯は後で食べる事にするから。 そうだ、みんなの
        晩餐も終わった頃だろうし、俺は今からコンラートの所
        へ行って この皮材の事を伝えて来るよ!」
         そう言うが早いか、ユーリは筒状になった内の何本か
        を小脇に抱え込むと、矢のように部屋を後にしてしまう。
         フォンビーレフェルト卿ヴォルフラムは広い部屋に
        1人残された。
         彼はこれから たった独 (ひと)りで晩餐を摂らねばなら
        ないのだ。
         だが、今日に限っては不思議と怒りも淋しさも湧き
        おこらなかった。
         むしろ満ちたりた気分なのだ。
         それは、欲しかったモノを既に手に入れてるからかも
        しれない。
         ヴォルフラムにとっては二人きりで晩餐を楽しむ事
        以上に、一瞬でもいいからユーリの黒い瞳が嬉しさで煌
         (きらめ)き、自分に笑顔を向けてくれる事こそが至上の喜
        びであったのだから‥‥‥‥‥。
         だから愁 (うれ) う必要はない。
         最愛の王の一瞬の笑顔の為に、この先も自分は全てを
        投げ出すだろう事がヴォルフラムには分かっていた。
         それが「愛」なのだと気付かせてくれたのは、82年の
        人生の中でユーリだけだった。
         そしていつか、自分がユーリに「愛」を気付かせる者
        になりたいとヴォルフラムは心の底から思うのだ。
         何十億年も天空に輝き続ける星達だけが、その行く末
        を知っているかのように、瞬 (またた) き続けるのだった。




                              終わり



           この作品は10巻の『マ王陛下の優雅な一日』をパロった
           もの(その後の妄想)デス。出来るだけ辻褄を合わせたつ
           もりなのですが‥‥。
           いつか原作でヴォルフの会っていた旧い知人が誰なのか
           判明する日が来るかもしれませんが、それまでは妄想で
           楽しみたいと思い、書いてみました。






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