*「地球へ…」 小説2 *


セルジュ → マツカ (セルジュの片思い)



◇ 愛でなく ◇



         『ミュウは感染するらしい』
         『ミュウ因子の保有者を隔離しなければ汚染される』
         『ミュウは人類の敵であり根絶せねばならない』

         源 (もと)は同じ人間でありながら、進化の過程で生まれた
        突然変異種を、人類は病原ウイルスであるかのように恐れ、
        嫌悪している。
         そうなるようにグランド・マザーがミュウの発生原因を隠
        し、殲滅 (せんめつ)するよう指示して来たからだった。
         だが未だ その事実を知り得ない人類は、新たな国家主席
        の下 (もと)でミュウ撲滅に突き進んでいる。
         その国家主席キース・アニアンですら、ミュウの生まれる
        訳を、何故マザーが卵子の段階でミュウ因子の排除を行えな
        いのか、それらの答えを得るには もう暫くの時間が必要だっ
        た。
         「7ヶ月前に閣下から指示がありました幹部のミュウ因子
        保有検査の件ですが、メンバーズ並びに国家騎士団、元老院
        閣僚にも心理検査を行い、昨日ようやく全てが終了致しまし
        た」
         健康そうな褐色の肌を持つセルジュは、尊敬する国家主席
        のキース・アニアンを前に、胸を張って報告した。
         「そうか、ご苦労だった。因子保有者は どの位だ?」
         「殆どの者が陰性ですが、幹部の因子保有者は83名でした。
        ‥‥‥‥‥しかし、恐れながらアニアン閣下および、閣下の
        側近であるジョナ・マツカは心理検査を受けていないのです
        が‥‥‥」
         キースの機嫌を損 (そこ)ねないよう、セルジュは控え目に言
        う。
         「分かった。今月中にでも受けるとしよう。私のスケジュ
        ール調整をしておいてくれ。 ‥‥‥それとマツカの方は、
        私が直属の部下として国家騎士団に移籍させた時、私があれ
        の心理検査を行 (おこな)ったからな、何も改めて検査をする必要
        はないだろう。2度手間になる。 これから宇宙海軍・数万
        人と、一般市民・数十億人の心理検査をせねばならんのだ。
        無駄 (むだ)は省 (はぶ)くに限る」
         キースの言葉にセルジュは頷 (うなず)くだけだった。
         「閣下がマツカの検査を行ったのであれば、間違いがあろ
        う筈がありません。本日中に閣下のスケジュールを調整致し
        ます」
         そう言い置くと、敬礼をしてキースの部屋を後にする。
         データ管理室へ向かい、真っ直ぐに通路を歩くセルジュは
        横の通路から曲がって来た人物にぶつかりそうになった。
         「あ、すみません」
         気弱そうに謝る声に目をやると、それは たった今 話題に
        上っていたジョナ・マツカだった。
         マツカの方も ぶつかりそうになった相手がセルジュだと
        気付くと、再度 軽く会釈 (えしゃく)をして立ち去ろうとする。
         マツカの行き先はキース・アニアン閣下の部屋に違いなか
        った。
         「マツカ!」
         セルジュは我知らず、マツカを呼び止めていた。
         振り向いたマツカの顔は怪訝 (けげん)そうであるが、それも
        無理はない。
         セルジュがマツカと出会って以来、セルジュはマツカを能
        無しの下級武官のように蔑 (さげす)みの目を向け続け、仕事の用
        がある時以外、決して声を掛けては来なかったからだ。 
         「‥‥何ですか?」
         「‥‥‥‥いや、お前はいつも閣下に優遇されているな、
        と思っただけだ。今回の件にしても、閣下じきじきに行われ
        ていたとはな」
         自分でも何故 呼び止めてしまったのか解からないセルジュ
        は、マツカに皮肉げな言葉しか言えなかった。
         「‥‥今回の…件?」
         セルジュが何についての事柄を言っているのか、探るよう
        な顔をマツカはする。
         「ミュウ検査を受けていないのは閣下と、お前だけだと告
        げたら、お前の検査は既に終わっていると仰 (おっしゃ)っていた。
        大佐時代の事とは言え、アニアン閣下 自 (みずか)ら部下の心理
        検査をなさっていたとは驚きだよ」
         「閣下が、僕の検査をしたと言ったのですか‥‥?」
         マツカは確認するようにセルジュに問いかけた。
         キースがセルジュに言った言葉が嘘である事は、マツカ自
        身がよく分かっている。
         自分は心理検査など受けてはいないのだから。
         「そうだ。何だ隠したかったのか? 特別扱いされてる事
        を。 ‥‥いや、それとも閣下ご自身で検査を行われたと言
        う事は、逆にお前は因子保有者に思われていたのかもしれな
        いな」
         セルジュは意地悪く言う。
         本来セルジュは快活で、人を見下したり嫌味を言う青年で
        はなかった。
         嘘や不正を嫌い、清廉潔白で目下の者には優しく、面倒見
        の良い上級士官として下級士官達にも多く慕 (した)われている。
         それなのに、なぜかマツカの前でだけは人が変わったかの
        ように冷たい態度をとってしまうのだ。
         そんな自分の変化を、セルジュは嫉妬だと思っていた。
         セルジュが まだ下級士官だった頃から、自分達を指導し
        てくれた教官のキース・アニアンを、セルジュは誰よりも尊
        敬し、今も盲目的に敬愛し続けているからだ。
         その彼に、自分以上に近い場所にいるのがマツカだった。
         自分にとって目標とする完璧な男は、キース・アニアンを
        おいて他にはいないとセルジュは思っている。
         そんな神にも等しいと言えるキース・アニアンの横に、女
        顔の ひ弱な人物が佇 (たたず)んでいる事が許せないと思ったの
        だ。 
         キース・アニアンの横には誰も立ってはいけない。
         彼は神のような存在なのだから、誰も隣りに立てる者は
        いない筈なのだ。
         セルジュ自身ですら、キースの隣りに立つつもりはなかっ
        た。
         キース・アニアンに認められ、誰よりも役に立つ事がセル
        ジュの望みなのだから。
         それなのに、虚弱体質で、軍人として ろくに訓練も積ん
        でいないであろうマツカが、当たり前のようにキースと共に
        いる。
         初めて出会った時も、ジョナ・マツカはキースのすぐ後ろ
        に立ち、まるでキースと一対 (いっつい)の影であるかのように思
        われた。
         力強さを感じさせる「動」のキースに対し、空気の如 (ごと)
        く「静」なる存在のマツカ。
         その印象通り、マツカの存在は不思議と邪魔にはならなか
        った。
         役には立たないが、同じ室内にいる事を皆が忘れてしまう
        程、場に溶け込む事が出来るのだ。
         今も、マツカは穏やかな表情でセルジュの前にいる。
         「‥‥‥そうかも知れませんね。ミュウ因子保有者だと思
        ったのかも。 ‥‥‥‥‥あなたは、僕がミュウだとしたら
        どうします?」
         マツカはセルジュの意地悪な言葉を怒るでもなく受け止め、
        逆に問い返して来る。
         マツカの少女めいた美しい顔がセルジュに向けられる。
         その瞳は、賢者のような深い知性と、澄みきった空気のよ
        うな透明感を湛 (たた)えていて、清らかな淡い光を煌 (きら)めかせ
        ていた。
         セルジュは一瞬、言葉に詰まる。
         今、向けられているマツカの瞳は、マツカが時々キースを
        見詰める瞳と同じだったのだ。
         相手の全てを知り、受け入れようとする美しい瞳。
         こんな瞳を向けられては、嘘や偽りを平気で言える人間な
        どいない筈だった。
         マツカがキースに向ける この瞳を、普段 横目で見ながら
        セルジュはイライラした気分を味わっていた事を思い出す。
         それなのに、まさか自分が この瞳で見詰められる日が来
        ようとは思っていなかったのだ。
         “―――――― どうしたらいいのか、分からない”
         キースへ向けている瞳を横から見ていた時は神経がザラザ
        ラするような気持ちを味わったが、実際 自分が体験すると、
        全く違った感覚が湧き上がって来るのだ。
         心臓が早鐘を打ち、マツカの視線から逃れたいと思う反面
        この美しい瞳を、自分は永遠に見詰め続けたいと思ってしま
        う。
         そんな分析しきれない自分の思いを押し留 (とど)め、セルジュ
        は とまどいながらも言葉を紡 (つむ)ぐ。
         「‥‥‥お前などがミュウな訳ないだろう。 仮にミュウ
        だったとしたら、お前をアニアン閣下の お側に置いておく
        事は出来ない。 いつ閣下の命を狙うとも限らないからな」
         セルジュの言葉にマツカは苦笑する。
         「閣下から引き離すだけでいいのですか? ミュウと判明
        したら 即、強制収容所送りか、処分するのが決まりですよ」
         そう言われて初めてセルジュは、自分がマツカを嫌ってい
        ない事に気付く。
         “‥‥‥いや、嫌う所か むしろ自分はマツカを大事に思
        っている?”
         なぜならセルジュは、マツカが もしミュウだった場合、
        処分は勿論の事、強制収容所にすら送るつもりは無かったか
        らだ。
         そんな事、思い浮かべもしなかった。
         マツカがミュウであったなら、その事は誰にも伏せて、病
        気を理由にアニアン閣下から遠ざけ、閣下にもバレないよう、
        どこか辺境の惑星に匿 (かくま)ってもいいとセルジュは思ったの
        だ。
         そんな自分の思いにセルジュは焦 (あせ)る。
         “自分はマツカを嫌いでは なかったのか?”
         “そうとも、アニアン閣下の隣りにいるマツカは見たくな
        い”
         “マツカがアニアン閣下を見詰めている姿を見るのも嫌い
        だ”
         “自分を見てくれないマツカ、自分の隣りに居てくれない
        マツカなど嫌いでしかない”
         そう思った時、セルジュの心の霧が晴れ始めた。
         “ ―――― 俺は、マツカの事が好き‥‥なのか?”
         だが、セルジュが自分の心に気付いた瞬間に この恋は終
        わっているのだ。
         キース・アニアンとジョナ・マツカの関係が実際どうなっ
        ているのかは分からないが、マツカがキースの事を愛してい
        るだろう事は明白だった。
         そしてマツカのその思いが一生 揺らぐ事なく、全てを捧
                   (ささ)
げ、愛し尽くすに違いない事がセルジュには確信できて
        いた。
         だから、この想いは封じ込めるしかないのだ。
         “俺は、アニアン閣下のような男になりたいだけだ”
         “それ故、アニアン閣下が持っている全てのモノを欲しい
        と思ったのだ”
         “‥‥‥‥‥だから、だから決してこれは 愛や恋などで
        はない ――――― ”  
         セルジュは自分自身に暗示をかけるように強く思い込む。
         そして目の前にいるマツカに対し、強い意志をもって見詰
        め返す。
         「‥‥‥お前がミュウだった場合の処遇はアニアン閣下が
        決める事だ。 よく考えれば俺にその権限はないからな」
         セルジュから強い眼光を受けてもマツカは瞳を逸 (そ)らさな
        かった。
         しばしの間、マツカとセルジュの視線が絡み合い交錯 (こうさく)
        する。
         その緊張に絶えきれず先に瞳を逸らしたのは やはりセル
        ジュの方だった。
         例え本人が自分の恋心を否定しようとも、恋をしている身
        の方が自然と立場が弱くなる。
         「‥‥‥もっとも、ミュウでなくても お前はアニアン閣下
        の側近としては不合格だが、閣下が お前を追い出さない限り、
        俺も お前を側近として認めよう」
         本心を悟られないように、自分自身の心から逸らすように
        そう言うのがやっとだった。
         それに対しマツカは初めて複雑そうな表情を見せる。
         なぜならESP能力を持つマツカには、セルジュの心の内が
        透けるように見えていたのだ。
         普段は他人の思考など全く読む気は無い為、自らシャット
        アウトしているのだが、今回はそれが出来なかった。
         マツカが閉じている心の扉を こじ開けるかのように、セ
        ルジュの強くて熱い心の風が、マツカの扉を激しく打ちつけ
        たのだ。
         そしてマツカは激しく打ちつける風に、とっさに扉を開き
        ESP能力を解放してしまったのだから。
         ‥‥‥‥読むつもりはなかった。
         ‥‥‥‥セルジュの本心を、僕は知るべきではなかった。
         ‥‥‥‥僕はこの先、きっと彼を傷付け哀しませる――。
         マツカが今できる事は、セルジュの本心に気付かない態度
        をとる事だった。
         セルジュは必死で自分の心を否定し、封印しようとしてい
        るのだから。
         いつかマツカの事を忘れ、セルジュの事を本当に心から愛
        してくれる誰かが現れるのを祈りながら、
         「‥‥‥ありがとう。 これからも一緒に閣下をサポート
        して行きましょう」
         そう言うと、マツカはセルジュに背を向け、キース・アニ
        アンがいる執務室へと向かった。
         セルジュはその後ろ姿を見詰める。
         “ ――――― ジョナ、お前を想うこの気持ちは、決して
        愛や恋ではない。俺に与えられた『試練』なんだ ”
         だから自分はこの想いを、封じるか昇華させるしかないの
        だと改めてセルジュは思う。
         そしていつか辿 (たど)り着く先に、全ての答えが待っている
        のだと信じて‥‥‥‥‥。 




                                   終





        セルジュも好きだったので、もっと沢山アニメでマツカと
        絡んで欲しかったデス。 次回は ようやくキース×マツカ
        の漫画をUP出来ると思います。       






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