†「まるマ」パロディ小説・5(ユーヴォル)†



◇ 世界を満たせし者 ◇


       本日の午後は、眞魔国中央文学館からの取材が入っていた。
       取材の目的は来月発売される『魔王陛下の休日』という本の
      為のインタビューである。
       「では陛下、次の質問に参りますが陛下のお好きな色は何で
      しょう?」
       娯楽文学部・書籍課、婦女子係に所属する編集者、バドウィ
      ックの質問にユーリは即答する。
       「青だよ。ライオンズブルーの青ね」
       取材用に用意された瀟洒 (しょうしゃ)な部屋の中には、ユーリと
      バドウィック、そしてヴォルフラムが居た。
       部屋の中央に設 (しつら)えたテーブルを挟 (はさ)んで、バドウィ
      ックとユーリは向き合う形でソファに腰掛けている。
       そのユーリの左隣りにはヴォルフラムが陣取って座っていた。
       今日の取材はあくまでも魔王陛下個人に向けたものなのだが、
      護衛の名目 (めいもく)と称してヴォルフラムは ちゃっかり同席し
      ているのだ。
       因みに、護衛は護衛でも、身の危険を守る護衛ではなく、ユ
      ーリに悪い虫が付かないようにする為の護衛なのだが。
       「青‥‥ライオン‥‥ズ…ブルーの青‥‥っと」
       ユーリの答えを正確にメモして行くバドウィックは、とても
      小柄な男で、子供のような見掛けをしている。
       顔はそれほど目立たないが、よく動く目の輝きで、彼が頭の
      回転の早い男だという事が分かる。
       『ユーリは尻軽で守備範囲が広いからな。老若男女問わず見
      張っていないと直ぐに浮気をするし。この男とて油断は出来な
      い‥‥‥‥』 と、ヴォルフラムが嫉妬心メラメラであるなど
      とは、ユーリは露ほども気付いていなかった。
       「次は陛下の人間関係についての質問ですが、まず最初に、
      陛下が政治を行う上での御信任 (ごしんにん) (あつ)い方を教えて頂
      けますか?」
       「ん〜〜〜、国務を安心して任せられるのはグウェンダルか
      な?」
       先程からヴォルフラムは表面上、この取材を黙って静観して
      いる。
       「おおっ! やはりフォンヴォルテール卿ですか。それでは
      次に、陛下がプライベートで最も御信頼なさっている方は どな
      たです?」
       「そりゃあ、勿論コンラッドだよ」
       「コンラッド‥‥ああ、ウェラー卿の事ですね? じゃあ逆
      に、陛下が、何があっても御自分を信じてもらいたい相手は?」
       「何があっても信じてもらいたい相手?」
       その質問にユーリは思考をめぐらす。
       自分は誰も裏切るつもりはないのだから、出来れば出会った
      全ての人に信じてもらいたいと思うのだが、そんな事は無理だ
      ろう。
       「やっぱり名付け親のコンラッドかな。名付けてもらった名
      前に恥じないように生きるつもりだし」
       ユーリの解答にヴォルフラムの眉間 (みけん)が ぴくぴくしてい
      るのだが、二人はまだ気付いていない。
       「またしてもウェラー卿ですか。陛下はかなりのウェラー卿
      贔屓 (びいき)なのですね。 陛下ご寵愛番付表でも、彼はいつも
      上位を占めていますし。 やはり お二人には特別な絆 (きずな)
      おありなんでしょうけれども、まるで恋人同士のような信頼
      関係で結ばれているのですね! なんと素晴らしい関係なの
      でしょう!」
       コンラートがジュリアの魂を地球に運んだ経緯 (いきさつ)を知
      っているバドウィックは、つい不用意な発言をしてしまう。
       その言葉によってヴォルフラムの体温が急激に上がった。
       勿論、バドウィックの言葉はあくまで きっかけにしか過ぎ
      なかったのだけれど‥‥。
       これには流石 (さすが)のユーリも気付き、
       『わぁ〜〜〜☆ た、頼むから、ヴォルフの前で これ以上
      コンラッドの話はヤメテくれっっ!』
      と、ユーリはバドウィックに目で合図する。
       バドウィックも頭の回転の早い男だったので、直ぐにユーリ
      が送る合図の意味を悟り、自分が失言した事に気付く。
       わがままプーが魔王の交友関係に神経を尖 (とが)らせている
      事は、眞魔国中の誰もが知っている有名な話だった。
       しかも噂によれば、嫉妬のあまりナイフまで飛んで来る事が
      あるらしい。(7巻参照)
       バドウィックも本能的に身の危険を感じ、すぐさまソファか
      ら立ち上がる。 
       「‥‥あ、それでは、そろそろ取材許可時間が終了する頃で
      すし、私はこれで失礼したいと思います! 本が発行した暁に
      は陛下にお届に参りますのでっ。 本日は誠に有り難うござい
      ましたっ!」
       そう言うとバドウィックはペコリと頭を下げ、そそくさと
      部屋から立ち去ったのだった。
       つまり『ヴォルフラム閣下の御機嫌買いは陛下にお任せ致し
      ますっ!』と云う事なのだろう。
       怒りで地底のマグマのように体温を上げているヴォルフラム
      と二人きりにされてしまったユーリは、心の中で悲鳴を上げる。
       『ちょ、ちょっと待ってくれ〜☆ この状態のヴォルフと二
      人きりにされるなんて、どうしたらいいんだ〜〜〜!!』
       どう悩んだ所でユーリ達以外誰もいないのだから、助け船な
      ど来る筈もない。
       仕方なく、ユーリは恐る恐る隣のヴォルフラムへ振り向く。
      と、そこには長兄を思わせる、眉間 (みけん)に深い皺 (しわ)を寄せ
      たヴォルフラムが、湖底の深い深いグリーンの瞳でユーリを見
      据 (みす)えていた。
       きっと血液が沸騰しそうなのだろう。
       瞳の色素が薄い者は、体温や血流の流れによって その光彩
      を微妙に変化させる事があるらしいのだ。
       だからだろうか、ユーリが いつも美しいと感じる湖底を思
      わせるエメラルドグリーンの瞳とは少し違う色をしている。
       勿論、それはそれで美しいのだが。
       『うわー‥‥、かなりキちゃってる感じだ。ここまで怒って
      んなら逆に さっさと爆発させちゃった方がいいのかな‥‥』
       そう思い、ユーリは口を開く。
       「あのさ〜〜ヴォルフ。いっつもコンラッドの話題になると
      機嫌が悪くなるけど、おまえにとっては実の兄なんだし、いつ
      までも嫌ってちゃマズイだろ?  だいたいコンラッドとジュ
      リアさんの間に昔なにかがあったんだとしても、それは二人の
      問題であって過去の事なんだし、今の俺は渋谷有利と言う立派
      な男なんだから、おれは『渋谷有利の人生』を歩むのが当然と
      思わないか? で、俺にとってコンラッドは名付け親なわけで、
      この世界の保護者って言うか‥‥‥‥」
       「ユーリ! そんな理由で ぼくが怒っていると思っている
      のか?」
       ヴォルフラムはユーリの言葉を遮 (さえぎ)ると今度は堰 (せき)
      切ったように喋 (しゃべ)り始める。
       「ぼくが怒っているのは悔しいからだっ! もし今さっきの
      質問を ぼくがされたなら、ぼくは全ての解答に おまえの名前
      を挙げている! それなのに おまえは一言だって婚約者であ
      る ぼくの名前を言いもしなかったではないか!!」
       「え‥‥‥‥、そ、そんなぁ‥‥」
       『そんな事で怒ってたのか‥‥‥』と、ユーリはヴォルフラ
      ムが不機嫌な理由に改めて気付くが、今さら遅かった。
       「ぼくの好きな色は おまえの髪と瞳を彩 (いろど)る漆黒だし、
      国務だって へなちょこながらも争 (あらそ)いの無い国にしようと
      するおまえになら眞魔国を任せられると思い始めている所だ!
      そして1番信頼している相手はユーリで、反対に ぼくの事を
      信じてもらいたい相手もユーリだけだ! それなのに、それな
      のにおまえは‥‥‥‥!!」
       ヴォルフラムはユーリと出会ってから『漆黒』の真の美しさ
      を知った。
       それまでにも、黒は高貴な色であるとの認識はあったのだが
      ヴォルフラムの好みの色はピンク色だったのだ。
       ユーリが身に宿す色だからこそ、この世で最高に美しく、大
      好きな色になったのだ。
       そして まだまだ未熟だけれども、永世平和を願うユーリが
      魔王だからヴォルフラムはユーリの政策を支持しているのだ。
       20年前の辛 (つら)く哀しい悲劇を繰り返さないように‥‥‥。
       そんな強くて優しい魂を持つユーリを、ヴォルフラムは誰よ
      りも信頼していたし、また自分もユーリの信用だけは失いたく
      ないと心から願っている。
       それなのに‥‥‥‥‥‥‥‥。
       ユーリにとっては全く違ったのだ。
       宇宙へ突き抜けそうなほどの高いプライドを持つ元王子殿下
      にとって その事実、愛するユーリの中で自分がどれほど取る
      に足りない存在なのかを知ってしまう事は、眞魔国を追放され
      た 嘗 (かつ)てのグリーセラ卿なみの空虚 (くうきょ)な心境だったかも
      しれない。
       なにしろ ヴォルフラムは『ユーリ』と言う国から追放され
      たも同然なのだから。
       またもヴォルフラムの瞳の色が変化する。
       先程までは深いグリーンをしていたのに、今度は薄いエメラ
      ルドグリーンになっていた。
       わがままプーが相当 落ち込んでいるのだろう事が、ユーリ
      にも分かった。
       「あのさ、ヴォルフ‥‥‥」
       「うるさい! へなちょこめ!」
       今のヴォルフラムは聞く耳を持ち合わせてはいないのだ。
       「おまえは婚約者である ぼくを蔑 (ないがし)ろにした上に、人
      前で恥までかかせたのだから責任を‥‥」
       そこまで言いかけた時、ふいにヴォルフラムは強い力で抱き
      寄せられた。
       「‥‥‥‥‥‥‥‥ユー…リ?」
       いつにない力強さを感じ取ったヴォルフラムは戸惑 (とまど)いを
      隠せない。
       つい今しがたまで激情に支配され、怒りと哀しみが 綯 (な)
      交 (ま)ぜになっていた筈 (はず)なのに、この安心感は何だろうか‥
      ‥‥‥?
       自分の中で渦巻いていた熱い焔が一気に引いていく感覚を、
      ヴォルフラムは不思議な気分で感じ取っていた。
       ただ抱き締められているだけなのに、それだけで自分は全て
      に満たされていると思えて来るのだ‥‥‥。
       「‥‥‥不安にさせてゴメンなヴォルフ。おれは おまえに
      甘えていたのかもしれない。言葉で言わなくても、ヴォルフな
      ら分かってくれてるかもって思ってたんだ。 ‥‥‥でも、そ
      れだったら言葉が存在する意味がないよな?  言葉ってのは
      自分の気持ちを相手に伝える為にあるんだし」
       そう言ってユーリは1度 深呼吸する。
       ヴォルフラムはユーリの腕の中で軽く瞼 (まぶた)を閉じると、
      後に続くユーリの言葉を待った。
       「‥‥‥‥今までヴォルフには言った事なかったけど、俺は
      ヴォルフの黄金色の髪やエメラルドグリーンの瞳を、何よりも
      美しいと思ってるよ。それに、ヴォルフが俺の事を絶対裏切ら
      ないって事も分かってるから、わざわざ信用する必要もないだ
      ろ? その反対にヴォルフが俺の事を信じてくれてる事も知っ
      てるし。 なんて言うのかな‥‥、俺にとってヴォルフは こ
      の世界そのものなんだよ。 だから俺の生きる世界全てがヴォ
      ルフラム中心で回ってるって言うか‥‥‥」
       ユーリは言いながら少し照れたのか、口篭 (くちご)もる。
       一方、ヴォルフラムにもユーリの気持ちが充分に伝わってい
      た。
       たった今、自分もユーリに抱き締められただけで全てが満た
      されたのだと実感できたから。
       だからユーリの気持ちが分かるのだ。
       ユーリがいてヴォルフラムがいる。
       既に二人の求める世界は一つなのだから、その幸せを ただ
      感じ取れば良いだけなのだ。
       ヴォルフラムは泣いているのではないかと思う程、一瞬 顔
      を くしゃっとさせたが、しかし直ぐに鼻をすすると、瞼 (まぶた)
      を開いてユーリの顔を見上げる。
       その顔には婚約者としての自信が漲 (みなぎ)っていた。
       「おまえにも ようやく婚約者としての自覚が芽生えて来た
      ようだな。いいかユーリ、その気持ちを いつまでも忘れては
      ならないぞ!」
       そう言って お決まりの反っくりかえりポーズになる。
       だがそう言いつつも、気恥ずかしいのか、すぐにユーリから
      視線を外してしまった。
       ユーリはヴォルフラムのそんな可愛い態度を見て、鼻の下を
      伸ばしかけた。その時、
       “バタン!”
      と、勢いよく扉が開いたのだ。
       そしてパタパタと足音を鳴らしながら入室して来たのは、先
      ほど退出した筈の編集者・バドウィックであった。
       「おや、陛下と閣下は まだこちらにいらっしゃったのです
      か?」
       突然の事に驚いた魔王とその婚約者様は言葉が出てこない。
       「いえ、私は忘れ物を致しましてね。直ぐに失礼しますので
      御無礼をお許し下さい。 おぉっと、有った有った、ありまし
      た!」
       そう言ってバドウィックは、先刻 (さっき)まで自分が座っていた
      ソファの上から 掌 (てのひら)サイズの四角い箱を持ち上げる。
       「それでは、私は今度こそ本当に失礼いたしますので!」
       急いでいるのか、礼も そこそこに退出しようとするバドウ
      ィックをヴォルフラムが制止する。
       「まて。 おまえがその手に持っている物は何だ? そもそ
      も魔王のいる部屋に許しもなく入って来た上に、礼もせず出て
      行くのは不敬罪に当たるのではないか?」
       せっかくの良い雰囲気を邪魔された婚約者様は かなり不機
      嫌そうだ。
       声音が長兄のグウェンダルに似てきている。
       これまた危険察知の早いバドウィックは、慌てて二人に向き
      直ると深々と頭を下げた。
       「大変 失礼致しましたっ! え〜〜、これは『魔道ろくお
      んき』と言う物でして『女王様の着想』というお店で仕入れた
      便利品でございますけれどもっ」
       バドウィックの説明を聞いたユーリとヴォルフラムは、同時
      に顔を曇らせる。
       ユーリの方は
       「それってカセットテープみたいなもンじゃないのか!?
      一体どこからどこまで録音されてるんだ!?」
      と言う極 (ごく)当たり前の反応だったが、ヴォルフラムの反応は
      違っていた。  
       「よせユーリ! それは恐らくアニシナの発明品だ。兄上に
      あそこの店の商品だけは『買うな、買わすな、拘 (かか)わるな』
      と言う遺言 (ゆいごん)をもらっている!」
       生きているのに遺言‥‥?
      という素朴な疑問は置いておくにしても、それを聞いたユーリ
      は それ以上の追求を諦 (あきら)めた。
       アニシナの発明品の恐ろしさはグウェンダルを見て知ってい
      るのだから。
       自分も永遠の被害者・具うえだるのような実在する登場人物
      には なりたくない。
       同時にそれらの発明品が殆ど失敗作である事も心得ていた。
       だからこそ、ユーリは お辞儀 (じぎ)をして出て行くバドウィ
      ックを 黙ってそのまま見送ったのだった。
       だがしかし、店で売られている商品化された物は、かなり使
      える成功品だという事までは知らなかったのだ‥‥‥‥‥。



       ――――――1ヶ月後の昼下がり。
       「こ、これは、なんという いかがわしい‥‥‥。私 (わたくし)
      陛下をこのようにお育てした覚えはありません‥‥‥。ああ
      陛下、何故 (なにゆえ)このような お振るまいを‥‥‥」
       本を手にプルプルと震 (ふる)えているのはフォンクライスト卿
      ギュンターである。
       「ギュンター、鼻水も出てるよ。それに俺はギュンターに育
      てられた覚えも無いんだけど‥‥、いかがわしいって何の事?」
       ユーリの問いに、ギュンターは手に持っていた本を見せる。
       「これは先ほど眞魔国中央文学館のバドウィックという者か
      ら、陛下へお渡し願いたいと頼まれたものです。この中に‥‥」
       “バンッ!”
       「見たかユーリ!」
       ギュンターの言葉はヴォルフラムの乱入によって掻 (か)き消さ
      れた。
       ヴォルフラムはユーリの許まで駆 (か)け寄って来ると1冊の本
      をユーリに見せる。
       どうやらヴォルフラムの持っている本もギュンターと同じ物
      らしい。
       「ここだ! ここを読んでみろ!」
       婚約者サマは御丁寧 (ごていねい)にも問題のページを開いて下さる。
       まだ優秀な3歳児なみの文法しか出来ないユーリは、開かれ
      たページの上に手を触れた。
       すると瞬時にして、そこに書かれている文字が頭に浮かぶ。

       “熱々で仲睦まじい世紀のロイヤルカップル!”(章タイト
      ル)

       “=ああ、美しい婚約者よ、おまえは私の世界全てを満たす
      者=”(章タイトル副題)

       「な、な、な、何だこれはっ!?」
       ユーリが更に手を触れると、一気に文字の羅列が脳内を駆け
      巡った。

       “『太陽の光よりも美しく輝く黄金 (こがね)色の髪、エメラル
      ドの雫 (しずく)から創られたかのような湖底を思わせる おまえの
      神秘的な翠色の瞳。それら全てが私の世界そのものだ‥‥。』
      陛下はそう仰られると、婚約者であるフォンビーレフェルト卿
      の身体 (からだ)を抱き寄せられ、そして閣下の桜色の唇に‥‥‥”

       「うわ〜〜〜〜っ!! うそだっ! 何なんだよこれは!?」
       ユーリは絶叫すると激しく頭を振る。
       「これってギュンターのトサ(妄想)日記なのか!? と、鳥
      肌が〜〜〜〜〜!!」 
       ユーリの動揺を見て、ヴォルフラムが反応する。
       「何を焦 (あせ)る必要があるユーリ? これは先日受けた取材
      の本だぞ。 内容も全て本当の事が書かれているだけだ。嘘な
      ど1つも書かれてはいないのだから、国民みんなに読んでもら
      わなければな! 一家に1冊、いや、一人1冊か」
       どうやらヴォルフラムは この本に書かれている内容に満足
      しているらしく、いつになくご機嫌だった。
       「ウソだ! だって俺、こんな歯の浮くようなセリフは言っ
      てないし、おまえにキスだってしてないだろ!?」
       だいたい取材を受けた本のタイトルは『魔王陛下の休日』だ
      った筈だ。
       それなのに本のタイトルまで『ロイヤルカップルの甘い休日』
      に変更されている。
       あの時 忘れ物を取りに戻ったバドウィックが、元々の草稿を
      とり止 (や)めて こちらのタイトルに変更したに違いなかった。
       なぜなら本の内容が、バドウィックが退出してから戻って来
      るまでの間に、ユーリとヴォルフラムの間で交わされた会話な
      のだから直ぐに分かる。
       あの『魔道ろくおんき』とやらは ユーリの予想した通り、や
      はりカセットテープのような代物 (しろもの)なのだ。
       でも本に書かれているセリフはバドウィックが改竄 (かいざん)
      たものなのか、ユーリの言った言葉とは微妙に違う。
       ユーリは必死で弁明 (べんめい)をするが、そんなことは婚約者様
      に通用するはずもなかった。
       「いいかユーリ、もしあの時バドウィックが入って来なけれ
      ば、おまえは ここに書かれている通りの事を ぼくにしていた
      筈 (はず)だ。 ぼくたちは婚約者なのだから恥ずかしがることは
      ないぞ!」
       自信たっぷりに反っくりかえっている婚約者様を前に、魔王
      陛下は諦 (あきら)めにも似た溜 (た)め息を吐く。
       『こりゃあ、何を言ってもダメだ。それにヴォルフの言葉を
      否定できるほど大人じゃないし‥‥‥』
       確かにヴォルフラムの言う通り、あのままバドウィックが入
      ってこなければ、ユーリはヴォルフラムにキスをしていた可能
      性が充分にある。
       そしてそのまま感情の昂 (たか)ぶりに支配され、愛しい婚約者
      を ソファへ押し倒していたかもしれないのだから‥‥‥。
       『でもこの本だけは眞魔国中央文学館へ連絡して、発禁とい
      う事で回収してもらわなくちゃナ☆』
       喜び勇 (いさ)んでいるヴォルフラムには少し可哀相だが、何も
      自分たちの恋愛事情を眞魔国中に教える必要はないだろう、と
      ユーリは思うのだ。
       俺達だけが互いに知っていればいいのだと‥‥‥‥。




         ◇◇◇ 編集者・バドウィックの独り言 ◇◇◇


       「いや〜、陛下から発禁の伝達が来た時には驚きましたけれ
      ども、その後すぐにヴォルフラム閣下から、全ての本を買い占
      めると言う契約話を頂いた時には もっと驚きましたっ!」
       バドウィックは新たな本の構想を練りながら、数時間前の出
      来事を思い出していた。
       「どうやらヴォルフラム閣下は本の大半を血盟城の宝物庫へ
      入れて、ご自分と陛下による『愛の歴史』を後人 (こうじん)達に知
      ってもらおうと言う魂胆 (こんたん)‥‥いえ、お考えのようですけ
      れどもっ、残りの本はカロリアやカヴァルケードの王侯貴族の
      皆様へ向けての虫除 (むしよ)けの意味‥‥‥じゃなくて、親善の
      為に贈る算段のようですねェ」
       ふぅ〜、と、ここで伸びをする。
       今夜は徹夜なのだ。
       それでなくとも編集の仕事は肩が凝る上、様々な職業や高い
      地位の方々と会い、取材までこなすバドウィックは精神的スト
      レスも溜まっていた。
       だが、今まで取材中に命の危険を感じたのは たった二人
      だけだ。
       フォンカーベルニコフ卿アニシナ嬢と、フォンビーレフェル
      ト卿ヴォルフラム閣下。
       アニシナ嬢の場合は あわや実験台の餌食 (えじき)にされそうに
      なり、ヴォルフラム閣下の時には痴情の縺 (もつ)れに巻き込まれ
      そうになった。
       最初はフォンヴォルテール卿や、双黒である魔王陛下も気難
      しい方に違いないと思っていたのだが、良い方に当てが外れた。
       陛下におかれては、そこら辺にいる爽 (さわ)やかで熱い少年達
      のごとく親しみ易い性格をされていた。
       そしてグウェンダル閣下はアニシナ嬢の、魔王陛下は わが
      ままプーの、なくてはならない『ストッパー』だと言う事が分
      かったのだ。
       因みに、この場合のストッパーとは『生贄 (いけにえ)』の意味
      が込められているのだが‥‥‥。
       アニシナ嬢の被害を最小限に食い止められるのはグウェンダ
      ル閣下のみ、そしてヴォルフラム閣下の嫉妬心を抑えて下さる
      のも魔王陛下のみ。
       今回の件も、命が惜しいバドウィックが、何とか機転を利か
      せて本の内容を変更し、陛下とヴォルフラム閣下の愛をテーマ
      にしたからこそ、丸く収まったのだ。
       わがままプーの嫉妬を止めるには、陛下の愛の深さを分から
      せてあげればいいのだから。
       取材中、魔王陛下のお言葉を書き漏らした場合の事を懸念
       (けねん)して、念の為『魔道ろくおんき』をセットしておいたの
      だが、実に正解だった。
       もし『魔王陛下の休日』のまま発行していたとしたら、きっ
      と孫子 (まごこ)の代までヴォルフラム閣下に怯 (おび)える生活を送っ
      ていたに違いない‥‥と、あの時の状況を思い出し、バドウィ
      ックはブルルッと震えた。
       しかし頭の回転の早いバドウィックは自らのカンと機転で災
      厄(?)を免 (まぬが)れる事に成功したのだ。
       何しろ、機嫌を良くしたヴォルフラム閣下が全部の本を買い
      取ってくれるのだから、売り上げは万々歳である。
       まぁ出来れば独占買いなどではなく、普通に書店で売られ、
      多くの人が購入してくれるのが一番望ましい事なのだが、陛下
      から発禁の御命令を受けた以上、贅沢 (ぜいたく)は言ってられ
      ない。
       ヴォルフラム閣下の買い占めは、表向き『発禁本の回収』と
      いう事になっているのだ。
       『さて、次回 新刊の草稿はこれで行きましょうかっ!』
       タイトルは
       “最後のストッパー”
       『これで次回も黒字に間違いありませんけれどもっ!』
       恐らく グウェンダル閣下か、魔王陛下どちらかの独占買い
      になるだろう事が予測できた。
       こうして眞魔国中央文学館の赤字補填 (あかじほてん)がされている
      などとは、当事者達が知ろう筈 (はず)もない。
       そしてまた、この国の平和が、現在 一部の“ストッパー”
      達によって支えられている事も 大方 (おおかた)の市民は知らない。
       バドウィックが ふと窓を見上げると、空は白み始めていた。
       もうすぐ見事な朝焼けが見れそうだ。
       陛下とヴォルフラム閣下、そしてウェラー卿達がいる限り、
      眞魔国は戦争のない国になることだろう。
       市民にもバドウィックにも、それだけは確信できるのだ。
       そして今日もまた、眞魔国では平和な日常が始まるに違いな
      かった‥‥‥‥。



                               終




      今回は珍しく登場人物が多くなってしまいました。(汗)
      しかも最後の方は バドウィック視点になってしまったので
      ちょっと反省デス‥‥。 次回作はシリアスなユーヴォルに
      なる予定です。(8割方出来上がっているのですが‥‥) 





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