†「まるマ」パロディ小説・6(ユーヴォル)†



◇ 宝   物 ◇


        血盟城でクマハチ達が誕生し、自らも無事に救出された晩、
       魔王陛下は緩頬 (かんきょう)して溜め息を吐いた。
        「はぁ〜〜〜〜、それにしてもヴォルフの顔に傷を付けたか
       も! って思った時は正直 (しょうじき) (あせ)ったよ」(原作参照)
        「‥‥‥そうか? それにしては おまえの態度は楽観的で、
       ぼくの事を心配しているようには見えなかったが?」
        何しろユーリはあの時、負傷した公認婚約者に対し『魔道洗
       濯バサミを鼻につけておけばいい』などと宣 (のたま)って下さっ
       たのだ。
        婚約者サマはその時の状況を思い出し、かなり不機嫌そうで
       ある。
        「心配するに決まってんじゃン! だってもし、ヴォルフの
       可愛い顔に傷でも作ったら、それを理由に結婚を迫られても困
       るだろ?」
        すでに遭難という危機的状況を脱したユーリは緊張が緩 (ゆる)
       んだせいか、言わなくてよい事まで口にしてしまう。
        事実、理由は違うけれど、あの後すぐに ヴォルフラムから
       婚姻届の用紙を突き付けられたのだから、あながちユーリの想
       像とも言いきれない。
        「‥‥‥‥‥本気で、そう思っているのかユーリ?」
        「そりゃあ、おまえの美少年顔に傷でも付けたら、誰だって
       責任を感じて‥‥‥‥」
        ユーリがそこまで言いかけた時、見慣れたナイフがキラリと
       光を弾 (はじ)いた。
        「ヴォ、ヴォルフ!?」
        ヴォルフラムは使い慣れた自分のナイフを握り、己 (おのれ)
       顔に近付けたのだ。
        「やめろ ヴォルフっ!!」
        それを見たユーリは慌ててナイフを握ったヴォルフラムの手
       を押さえ込み、ヴォルフラムの手を強く握る。
        「一体、何をしてんだよヴォルフ!?」
        「‥‥‥‥おまえが、ぼくとの婚姻届にサインをしてくれる
       のなら、顔に傷が残るなど些細 (ささい)な事だ」
        そう言って、ヴォルフラムはユーリの顔を、且 (か)つて無い程
       の熱い視線で見詰め返した。
        その真剣な翠 (みどり)の光彩を放つ瞳の前では、冗談や軽い言葉
       などで済ませる訳には行かないようだった。 
        「‥‥‥‥違うだろう? ヴォルフ‥‥‥」
        ユーリは言葉を選びながら、慎重に自分の思いをヴォルフラ
       ムに伝える。
        「ヴォルフは そんな理由で俺が婚姻届にサインしても本当
       に嬉しいのか? それに、もし仮にヴォルフが誰かに傷を負わ
       せたとして、責任の為にヴォルフは そいつと結婚しちゃうの
       か?」
        ユーリの言葉に ヴォルフラムも考えるように ゆっくりと答
       える。 
        「ぼくがユーリ以外の者と結婚する訳がないだろう? だい
       たい、ぼくだって出来る事なら合意のもとで ユーリにサイン
       して欲しいに決まっている」
        ヴォルフラムにとって、ユーリとの決着がつかないこの関係
       は、あまりにも辛 (つら)く、耐え難いものになっていたのだ。
        元王子殿下であるヴォルフラムが「公認婚約者」である事を
       自分自身で周囲に触 (ふ)れ回るのも、ヴォルフラムなりの精一杯
       の『愛の告白』であり、同時に心の砦 (とりで)を守る為の 拠 (よ)
       所でもあったのだから。
        ヴォルフラムは『公認婚約者』という立場に 必死で縋 (すが)
       り付く事しか出来なかった。
        だがそれを誰かに悟られる事は、プライドの高い王子様には
       許されない事でもあるのだ。
        「それでなくとも ユーリは浮気性で尻軽だからな。よから
       ぬ相手に ひっかかる前に、早めに婚姻しておいた方がいいだ
       ろう? その結婚相手に ぼくがなってやるのだから、もう少
       し感謝することだ」
        ヴォルフラムの言いように、ユーリは苦笑いを禁じ得ない。
        『どんな状況下でも ヴォルフは俺に頼み事をしないんだよ
       な。まぁ元王子様だから、上位からの命令口調でしか言えない
       のかもしれないけど‥‥』
        でもユーリは、そんな不器用で可愛い元プリンスが 愛しく
       てならなかった。
        「同じだよ、ヴォルフ。俺だってヴォルフ以外の誰かとなん
       て結婚する気ないし、浮気だって した覚えもないよ。それに
       さ、前にヴォルフと決闘した時、ヴォルフの炎術で召し使いの
       女の子がケガをした事があっただろ? あの時おれはスッゴク
       責任を感じたけど、責任の為に その子と結婚しようだなんて
       思いつきもしなかったよ。相手がヴォルフだからこそ、俺は
       結婚を考えたんだし‥‥‥」
        ヴォルフラムはユーリの真摯 (しんし)な漆黒の瞳を見詰める。
        その高貴な輝きを放つ黒曜石の瞳の中に、ヴォルフラムは己
       の姿を見つけ出した。
        『この美しい漆黒の瞳に、一生ぼくだけ映り続ける事が出来
       たなら‥‥‥‥‥』
        無論、そんな事は無理だと分かってはいるが、ヴォルフラム
       は そう願わずにはいられなかった。
        「‥‥‥いいだろう。その言葉、努々 (ゆめゆめ)忘れてはならな
       いぞ、ユーリ。 ぼくは言質 (げんち)を取ったのだからな」
        そう言うと、ヴォルフラムは気持ちを落ち着けたのか、よう
       やくナイフを元の鞘 (さや)へしまい込む。
        それを見て、ユーリもホッと安心する。
        可能ならば、この美しい天使から危ない刀剣 (とうけん)類を取り
       上げて、彼の周りを花や緑で埋め尽くしたいとさえ思っている
       のだから。
        そして今すぐにでも結婚し、夫の権限でヴォルフラムを魔王
       の居室に閉じ込めてしまいたい位だった。
        しかし この天使は十貴族の武人として、眞魔国を、そして
       魔王陛下を守る道を、既に選び取っているのだ。
        だからせめて、彼が危険な目に遭わないように、ユーリは
       いつでもヴォルフラムの側にいて、逆に彼を守りたいと思って
       いた。
        「‥‥いいけど、ヴォルフも これだけは忘れないでくれよ。
       将来おれと結婚してずっと側に居てくれるつもりなら、俺より
       先に死んではならないって事を‥‥‥‥」
        「それは ぼくのセリフだ! どこの世界に愛する者より長
       く生きたいと思う者がいる!? いいかユーリ、ぼくに求婚し
       た以上、ぼくより先に死ぬ事は決して許さない!」
        ヴォルフラムの湖底を思わせるエメラルドグリーンの瞳は、
       まるでユーリの未来をも映し出そうとするかのように熱く光り
       輝いている。
        その瞳を見れば、いかに天使がユーリを愛しているのかが窺
            (うかが)えた。
        しかしユーリだって ヴォルフラムの想いに勝るとも劣 (おと)
       ないほど、心の底から天使を愛しているのだ。
        「‥‥‥じゃあさ、二人で賭けをしないかヴォルフ?」
        「賭け? いきなり何だ? 脈絡が無いぞ。ぼくは今そんな
       話をしているのではなく、愛と命についての重要な‥‥‥」
        「だからさ、愛と命をかけて二人だけの賭けをしないか?」
        冗談を言ってるようには見えないユーリの真摯 (しんし)な瞳に、
       ヴォルフラムは意味を計 (はか)り兼ねて尋ねる。
        「‥‥‥‥‥‥どう云う意味だ?」
        「つまりさ、どちらが より相手を愛しているかを“生きる”
       事で証明するんだよ。 簡単に言えば、ヴォルフが俺を愛して
       くれてるなら、俺より1分でも1秒でも長く生きなきゃダメっ
       て事。この賭けは長く生きた方が勝ちだからな」
        「‥‥‥‥‥なぜ、長く生きた方が勝ちで、愛している事の
       証明になるんだ?」
        「いいかヴォルフ、誰だって愛する人に先に旅立たれるのは
       何よりも辛 (つら)い事だろう? だからその1番辛い思いを、愛
       する者に与えてしまった方が“負け”になるのは当然じゃない
       か?」
        本当は自分の言葉が全くの詭弁 (きべん)であると分かってはいる
       が、ユーリはこんな賭けをしてでも、ヴォルフラムに己 (おのれ)
       自身の命を大切にして欲しかったのだ。
        何しろ この美しい婚約者様は ユーリの事となったら簡単に
       命すらも投げ出し兼ねないのだから。
        「‥‥‥‥‥いいだろう。その代わり条件がある」
        「は? 条件? 一体何でしょうか?」
        ヴォルフラムは得意の反っくり返りポーズになりつつあった。
        「その賭けの内容に“必ず相手の最期を看取 (みと)る事”と云
       う項目も含めておくのなら いいぞ」
        ユーリはヴォルフラムのその言葉を聞いて薄く微笑む。
        つまりそれは、この先ずっと“例えどんなに危険な事があろ
       うとも、二人は必ず一緒にいなければいけない”と言う意味で
       もあるのだから。
        ユーリにとっても望む所だった。
        いい時も悪い時も、ユーリはヴォルフラムと助け合いながら
       人生を送りたいと思っている。
        「いいよ。それじゃ、賭けをスタートしようか?」
        「ちょっと待てユーリ。始める前に賭けについての念書 (ねんしょ)
       にサインしろ」
        ヴォルフラムは懐 (ふところ)から1枚の用紙とペンを取り出すと
       ユーリに手渡す。
        王子様はやけに用意がいい。
        そう思ってユーリがその用紙を見ると、それには“婚姻届”
       と書いてあった。
        「ちょっと待てヴォルフ!! 賭けの念書にサインするつも
       りが、どうして婚姻届になっちゃうんだ!?」
        てゆーか、婚姻届の用紙を何枚持ち歩いてるんだヴォルフラ
       ム閣下!?
        「何を言うユーリ! おまえも今しがた納得してくれたばか
       りではないか。 相手の最期を看取る事は、貴族の伴侶として
       当然の務 (つと)めだ!」
        「や、違う! 違うって! おれはそう云う意味でOKした
       んじゃないってば!」
        「ではどういう意味なんだ? 返答いかんによっては この
       賭けを無かった事にするぞ!」
        「だから俺は、生きてる間中、二人が離れる事なく いつも
       一緒にいると言う意味で‥‥‥‥」
        そう、『死が、二人を別 (わか)つその日まで‥‥‥‥‥‥‥』
        「‥‥‥‥あれ? あれれれ??」
        ユーリは自分の考えに焦 (あせ)る。
        それって、結婚式の誓いに よく出てくる言葉じゃなかった
       っけ? ――――と。
        「ユーリ、眞魔国では その言葉は伴侶に対してだけ誓う最
       も厳粛 (げんしゅく)な言葉だ。 おまえの生まれた世界では違うの
       か?」
        「‥‥‥‥‥違い‥‥ません‥‥‥」
        「だろう?」
        ユーリの返答にヴォルフラムは満足そうだ。
        「ではサインしてもらうぞ!」
        「だ、だからそれは‥‥‥‥‥」
        ユーリは思わず たじろいでしまう。
        勿論 自分の結婚する相手はヴォルフラム以外 考えられない
       けれど、まだ学生で15歳の自分が結婚するなど心の準備が出来
       ていないのだ。
        「ま、待ってくれヴォルフ! さっきも言った通り 何かの
       理由、つまり『賭け』で婚姻届にサインしても ヴォルフは嬉
       しいのか!?」
        ユーリは必死に思いついた名案を言葉にするが、それを聞い
       た わがままプーは しばし考え込む。そして
        「‥‥‥仕方ない」
       と、あっさり承諾 (しょうだく)してくれたのだ。
        婚姻届の用紙はプーの懐 (ふところ)へと戻っていく。
        ユーリは『良かったぁ‥‥』と胸を撫で下ろす。
        「そのかわり、今回の『賭け』も無かった事にしてもらうぞ
       ユーリ」
        「えぇっ!? それってどう言う事だよヴォルフ!? 一体
       何が気に入らないんだよ?」
        「違う。気に入らないのではない。無意味だと思っただけだ」
        「無意味って‥‥?」
        ユーリの問う姿を見て、ヴォルフラムは やれやれ、と呆れた
       表情になる。
        「やはりユーリは へなちょこだな。まぁ仕方ない、ぼくも
       今しがた、多少は おまえに負担をかけたからな。人の心情に
       鈍 (にぶ)い おまえにも解かる様に説明してやろう」
        どうやらヴォルフラムなりに、先程ユーリの前で自分自身
       に刃 (やいば)を向け、ユーリに精神的 負担をかけた事を反省し
       ているらしかった。
        「いいかユーリ、例え賭けをしようが しまいが、この勝敗
       の結果は知れている」
        「はぁ? 何で勝敗の結果が今わかるんだ?」
        ヴォルフラムはユーリを一瞥 (いちべつ)すると、ふん、とばかり
       に明後日 (あさって) の方向を向いてしまう。
        そしてポツリと、いくぶん頬を染めながら言う。
        「ぼくの方が より おまえを想っている事くらい、この城の
       誰もが知っている。 ‥‥‥だから賭けなどせずとも、初めか
       ら ぼくの勝利に決まっているではないか‥‥‥」
        ヴォルフラムの言葉に、ユーリは心臓が押し潰 (つぶ)されそう
       な痛みを感じた。
        なぜならヴォルフラムは、自分がユーリに それほど愛され
       ていないと思い込んでいるのだ。
        そして愛されていないと思っている相手への愛の告白‥‥。
        プライドの高い王子様が それを口に出して認めることは、
       きっとかなりの抵抗があったのだろう。
        自分が勝者であると言いながらも、ヴォルフラムは拗 (す)
       たように ユーリから顔を背 (そむ)けたままだ。
        「ちょ、ちょっと待ってくれよヴォルフ!  おまえ絶対
       何か勘違いしてるよ!」
        「何が勘違いなものかっ!!」
        ヴォルフラムは燃え盛 (さか)る焔 (ほむら)のようにユーリを振り
       返った。
        「では言ってみろ! おまえの中で ぼくは一体『何番目』
       だ? 答えられるのか? 」
        今、ヴォルフラムが見せる激情は、苦しい恋をしてきたヴォ
       ルフラムが抑 (おさ)え付けてきた 魂の叫びなのかもしれない。
        「そ、それは‥‥‥‥」
        ユーリは焦 (あせ)った。 好きの順位なんて考えた事もなかっ
       たからだ。
        しかもヴォルフラムを『好き』という気持ちは、ほかの誰に
       対する思いとも違うような気がする。
        だから較 (くら)べようがないのだ。
        「やはり へなちょこの おまえには答えられないのだろう?」
        そう言うヴォルフラムの姿が、この時ばかりは捨てられた仔
       犬のように頼りなく見えた。 
        「待ってくれよヴォルフ。突然そんな事を言われても‥‥‥」
        ユーリは語尾を濁 (にご)しながら答える。 
        何と言えば王子様は納得してくれるのだろうか‥‥と。
        そんなユーリの態度を見たヴォルフラムは 諦 (あきら)めにも似
       た溜め息を吐く。
        「よく分かった。 おまえは ぼくの事を少しばかりも好きで
       はないのだな‥‥‥」 
        寂しそうに言うヴォルフラムのその言葉が決定打 (けっていだ)
       なった。
        『好きな相手を哀しませてどうするユーリ! いいじゃない
       か、ヴォルフラムを好きな事は本当なんだし。 ひとこと言っ
       て天使を安心させてやれ!』
        ユーリは自分に言い聞かせると、意を決してヴォルフラムへ
       想いを伝える。
        「ヴォルフ以外の誰が1番になれるって言うんだ? おまえ
       は俺の、後にも先にも ただ一人の公認婚約者だろう? もし
       俺がヴォルフの事を好きじゃないなら、いくら何でも とっくに
       婚約解消してるに決まってるじゃん。だからいつもの、プライ
       ドの高い王子様に戻ってくれよヴォルフ‥‥‥」
        ユーリの言葉を聞いたヴォルフラムは顔色を コロリと変える
       と、直ぐさま満足そうな笑みを浮かべ、お得意の反っくり返り
       ポーズになる。
        「まぁ、いいだろう。 ユーリが跪 (ひざまず)いて ぼくに愛を
       捧 (ささ)げ、ぼくの愛を乞 (こ)うたのだから、公認婚約者として
       今までの失言を聞かなかった事にしておいてやろう。心の広い
       ぼくに感謝するんだな」
        わがままプー・完全復活である。
        『あ、愛を捧げるって一体‥‥‥!? それに何で どうして
       いつ俺が、ヴォルフに愛を乞うた事になるんだ!?』
        ユーリは心の中で頭を掻 (か)き毟 (むし)る。
        そもそもユーリは跪 (ひざまず)いてなどいないのだから。
        わがままプーの誇大 (こだい)解釈にも程がある。
        「あ、あのさぁヴォルフ‥‥」
        ユーリがそう言いかけた時、
        “リリン、リリン”
       と、ヴォルフラムが呼び鈴を鳴らしたのだ。
        すぐさま女官が現れる。 どうやら彼女達は隣の続き部屋に
       待機していたようだ。
        「今しがたのユーリの言葉を聞いたな、おまえ達?」
        ヴォルフラムの問いに、女官達は『はい』と頷くと、興奮し
       たように頭 (こうべ)を垂 (た)れた。
        「おめでとうございます閣下! これで第一回目トトの勝敗
       が決定いたしましたね。私達はこの結果をすぐに広報部へお知
       らせせねばなりませんので これで下がらせて頂きます!」
        そう言って今聞いたホットニュースを眞魔国広報部へ知らせ
       る為に、大急ぎで出て行ったのだ。
        ユーリは勿論 あっけにとられて言葉が出ない。
        「さて結果も出た事だし、ぼく達は そろそろ寝るとするか
       ユーリ?」
        よほど眠いのだろう、ヴォルフラムは欠伸 (あくび)を噛み殺し
       ている。
        「ちょ、ちょっと待てっ! どーゆー事なんだヴォルフ!?
       彼女達はトトの勝敗が どうとか言ってただろう? それに
       おまえにむかって『おめでとうございます』と言ってなかった
       か!?」
        ようやく我 (われ)に返ったユーリはヴォルフラムに事の真相を
       問い質 (ただ)した。
        それに対し婚約者様は実に あっけらかんと答えて下さる。
        「ああ、何だユーリは知らないのか? そろそろ第一回目の
       順位結果を出そうという事になってだな。めでたい事に、今し
       がた その結果が出たと言う訳だ。それがどうかしたのか?」
        「どうかした、じゃないだろう!?」
        『トト』と言うのは早い話、魔王陛下の愛の行方 (ゆくえ)を当て
       る賭け事だ。
        「ま、まさかと思うけどヴォルフ、おまえも そのトトとやら
       に、金を賭けてたんじゃないだろーな!?」
        しかも自分自身に。
        「何を言うユーリ! 己 (おのれ)自身が自分を信じてやらずして、
       武人が勤 (つと)まるものか!」
        「‥‥‥つまり、おまえもトトに賭けてたんだなヴォルフ?」
        「当たり前の事を言うなユーリ! それよりも、おまえとて
       当然、ぼくに入れたのだろうな?」
        「‥‥え!?」
        ユーリはヴォルフラムの問いに焦 (あせ)る。
        何やら話がズレてきたのでは なかろーか? と。
        怒りたいのは自分だった筈 (はず)なのに、このままではユーリが
       ヴォルフラムに怒られるハメになりそうだ。
        「あー、いやー、ほら、俺ってまだ未成年だし? 賭け事は
       大人になってからだよなぁ、やっぱ」
        「‥‥‥‥‥入れていないのか?」
        婚約者さまの眉間に皺 (しわ)が寄りつつある。
        冷静に考えれば、八百長 (やおちょう)になってしまうので、ユーリ
       が『トト』に参加する訳には行かないのだが、今の わがまま
       プーにそんな冷静な判断など出来はしないようだ。
        「だ、だからサ、基本的に俺は賭け事はしない体質で‥‥」
        「そんな体質、聞いた事もないぞ! それに さっきは お前
       の方から賭けを持ちかけて来た事を 忘れたとは言わせないぞ!
       だいたいおまえは浮気者で尻軽だからな、これを機に婚約者と
       して教育しなおさねばなるまい?」
        公認婚約者様は ふんぞり返りポーズで魔王陛下を睥睨 (へいげい)
       している。
        それに対し魔王である筈 (はず)のユーリは弱腰に問いかけた。
        「あのぉ、教育って‥‥一体‥‥‥‥?」
        「そんなの決まっているだろう! ぼくが ここに住んで、
       毎晩おまえに婚約者としての自覚を植え付けてやることだ!」
        それはユーリにとってヘビの生殺しに近い。
        「そ、そんなぁ‥‥俺の一人部屋の夢が‥‥‥。てゆーか、
       これ以上は俺の理性がマジ、限界なんです〜〜〜〜っ!!」 
        ――――――こうしてヴォルフラムは この部屋の半永久的
       居住権を獲得 (かくとく)したのである。



        数日後、魔王陛下の居室に煌 (きら)びやかな宝石箱が運ばれて
       来た。
        黒曜石を刳 (く)りぬいて作った小箱に、エメラルドを ふんだ
       んに嵌 (は)め込んだ宝石箱は、眞魔国で最高の腕を持つと言われ
       る職人に作らせた、国宝級の逸品 (いっぴん)である。
        「よし、一番目立つ そこの飾り棚 (だな)がいいだろう」
        ヴォルフラムの指示によって侍従が厳 (おごそ)かに宝石箱を棚に
       収 (おさ)める。
        そして侍従は仕事を終えると速 (すみ)やかに退室したのだった。
        その一部始終を見ていた魔王陛下は 婚約者に問い掛ける。
        「それって何なんだ? ずいぶん高価そうな物だけど、何か
       特別な物なわけ?」
        ユーリの質問にヴォルフラムは鼻高々になり、得意の反っく
       り返りポーズを決めている。
        「この宝石箱の中には ぼくの大切な宝物を入れてあるんだ。
       いつでも見られるように、この部屋に置く事にしたんだが」
        「ヴォルフの、大切な お宝?」
        「見たいのなら、ユーリにだけは特別に見せてやってもいい
       が?」
        ここは本来 魔王陛下の居室である。
        だからこの部屋に置いてある物をユーリがどう扱おうと、人
       に指図される謂 (い)われはない筈 (はず)だ。
        しかし とっくに わがままプーの尻に敷かれているユーリは
       素直に頷 (うなず)いた。
        「へぇ〜、ヴォルフの宝物か。おまえは元王太子殿下なんだ
       し、きっと超一級のお宝なんだろうな。見せてくれんの?」
        ヴォルフラムは答える代わりに、自 (みずか)ら飾り棚へ近付き、
       黒曜石の宝石箱を取り出す。
        そして大事そうにユーリの許まで運ぶと、ゆっくりと蓋 (ふた)
       を開ける。
        箱の中には小さなコインが1枚入っていた。
        「‥‥‥これって銅貨?」
        期待の大きかったユーリは肩透かしをくらった気分である。
        別段 (べつだん)古くもなく、新しくもない そのコインに何の価値
       があるのか、ユーリには計りかねた。
        「美しいだろうユーリ? まるで虹色に輝いているようだ」
        そうは言われても、ユーリの瞳 (め)には 何の変哲 (へんてつ)もない
       ただの銅貨にしか映らない。
        しかしヴォルフラムは誇らしげに そのコインを見ているの
       だ。
        ユーリは そんなヴォルフラムの美しい横顔に見惚れてしま
       い、我 (われ)知らず答えていた。
        「‥‥うん、そうだな。 ‥‥とっても綺麗だ‥‥‥」
        それがヴォルフラムの事なのか、それともコインに対する
       感想なのか、もはや ユーリ自身にも自覚はなかったが、発した
       言葉に嘘 (うそ)は無い。
        なぜならユーリにとっては普通のコインだったとしても、
       わがままプーに嬉しそうな顔をさせる事の出来る、稀少なコ
       インなのだから、これは相当な値打ちモノだと 魔王陛下は
       思ったのだ。
        そしてヴォルフラムにとっての 宝物ならば、同時にそれは
       ユーリの 宝物でもあるのだから。
        だから自分も このコインを大切にしよう、とユーリは心に
       決める。
        実の所このコインは、ヴォルフラムが『トト』で儲 (もう)
       た銅貨なのだが、魔王陛下が それを知るのは もっとずっと
       後の事である。
        本当はヴォルフラムにとっては『トト』など興味の範疇外
               (はんちゅうがい)だったが、勝負の対象が『ユーリの1番』であった
       ため、絶対 誰にもその1番の座を渡すわけには行かなかった
       のだ。
        だから自分自身を信じてヴォルフラムは『トト』に参加し
       たのである。
        それでも勝算があった訳ではない わがままプーは、飴 (あめ)
       玉1個分の金額しか 賭ける事が出来なかったのだ‥‥‥。
        誰にでも公平で、平等を貫 (つらぬ)こうとするユーリの姿を見
       る度 (たび)に、ヴォルフラムはユーリの自分に対する気持ちは
       ただの“友情”ではないのかと思い始めていたから。
        そんな時、ユーリの気持ちを知る ちょうど良いチャンスが
       巡 (めぐ)って来たのだ。
        自分の顔に刃 (やいば)を向けるなど、少々 荒っぽい手も使い、
       ユーリに多大な心配をかけてしまった事は後悔している。
        最初は演技のつもりだったのに、途中から感情が入り乱れ、
       ヴォルフラム自身にも演技か本気かの区別が つかなくなって
       いた。
        ユーリに対する真剣な気持ちが、きっと ああいう行動に走
       らせてしまったのだ。
        その結果 1位を獲得する事が出来た わがままプーは、配当
       である銅貨1枚を手に入れたのである。
        銅貨1枚で飴玉3個は買えるけれど、ヴォルフラムはそれ以
       上の素晴らしいモノを得る事が出来たと思っている。
        『ユーリの愛』と言う かけがえのない、この世の至宝 (しほう)
       とも呼べる幸せを‥‥‥‥。
        形の無いそれは、宝箱には とうてい入り切らなかったので、
       全ての想いを、ヴォルフラムは銅貨に込めた。
        二人の恋物語は まだまだ序章に過ぎないが、いずれきっと
       このコインのように、二人は愛を込めた大切な関係になるだろ
       う。
        そして永い年月をかけて、この宝石箱には1枚ずつ銅貨が増
       えて行き、いつしか溢 (あふ)れる程になるのだが、その事は魔王
       陛下と その伴侶だけしか知らない、ヒミツの秘密の お話なの
       である‥‥‥‥‥‥。



                                  終





      前半部は思っていたよりシリアスになってしまったかもデス。
      ヴォルフはユーリの負担になるような事は絶対しないと思うの
      で、顔にナイフ云々のくだりは ヴォルフらしからぬ行動だっ
      たかも‥‥‥と思い、載せるかどうか ずっと思案していたの
      ですが、結局 載せてしまいました‥‥‥。(汗) 





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